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この「注意」は、まさに時間やエネルギーと同じく“有限な資源”として扱われるべきものです。
そして、その配分はほとんどの場合、自分にとって意味があると判断された情報に集中される傾向があります。
例えば、目の前のスマートフォンの通知、SNSの反応、次の予定、目的地へのナビゲーションなど、現代人は「自己関連性の高い情報」ばかりに注意を注いで生活しています。
この傾向は、一見すると効率的な情報処理に見えます。
しかし実際には他者との接触や社会的なつながりを無意識に削ぎ落としているのです。
その結果、公共の場では「他人の存在を視界から消す」ような態度が蔓延します。
イヤホンを装着し、視線を落とし、誰とも目を合わせない。
この行動は周囲から見ると、まるで「自分の存在を否定された」ような印象を与えかねません。
でもこれが今では当たり前になっています。
こうした無関心の連鎖は、社会的孤立(social isolation)を加速させます。
アメリカでは、成人の半数以上が“深刻な孤独”を感じているという調査結果もあります。
つまり、注意力というリソースが「自分だけのため」に使われるとき、社会全体から他者への関心が薄れ、私たちは共に存在していても“つながっていない”状態に陥るのです。
では、どうすればこの孤立のループから抜け出せるのでしょうか?
トロップ氏は、現代人たちの孤立のループから抜け出すために、注意力という限られた資源を、意図的に他者に向けるよう勧めています。
たとえば、バス停で隣に座った人に目を向けて軽く会釈することができます。
また、エレベーターで乗り合わせた人に一言「こんにちは」と声をかけてみるのはどうでしょうか。
それだけで、「あなたを認識しています」というメッセージが伝わり、人は“自分の存在が承認された”と感じるのです。
こうした行動は「取引的(transactional)」な態度ではなく、「関係的(relational)」な視点で他者を見る姿勢から生まれます。
「取引的」とは、相手から何か得られるかどうかで接触の価値を判断する考え方です。
一方で「関係的」とは、たとえ利害がなくとも、人として相手を認識し、尊重する行動を重視します。
この姿勢の違いは、日常のささいな行動に大きな影響を与えるはずです。
例えば、レジで会計を済ませたあとに「ありがとう」と伝えるのは、利害に関係なく相手を尊重する行動です。
その一言が、店員にとって「ただの仕事」を「人との接触」に変えるのです。
あなたにとっての「ただの購買行動」も、やはり「人との接触」に変化することでしょう。
また、トロップ氏は、このような寛容さは“習慣”として鍛えることができると強調しています。
最初は意識しないと難しいかもしれませんが、少しずつ実践を重ねることで、自分の注意を周囲へと広げる感覚が自然になっていきます。
皮肉なことに、私たちはSNSで“いいね”を押す相手の顔も知らず、誰にも会わずに「つながっている気分」を味わう時代に生きています。
でも、リアルなアイコンタクトの0.5秒の方が、画面越しの100文字よりもずっと多くの情報と感情を伝えてくれるはずです。
この習慣は、最終的には自分自身にも恩恵をもたらします。
他者と関わることで、自分の存在も他者にとって意味のあるものとなり、幸福感や社会的つながりの感覚が高まるのです。
私たちの注意力は限られています。
だからこそ、その使い道を少しだけ変えてみるのはどうでしょうか。
スマホを鞄に入れたり、イヤホンの音量を落としたりして、誰かと目を合わせてみましょう。
参考文献
Making eye contact and small talk with strangers is more than just being polite − the social benefits of psychological generosity
https://theconversation.com/making-eye-contact-and-small-talk-with-strangers-is-more-than-just-being-polite-the-social-benefits-of-psychological-generosity-252477
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部