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研究に参加したのは、イギリス東ミッドランド地方の中学校に通う子どもたち45人です。
彼らは学校の体育の時間を使い、30分間のバスケットボールを屋内と屋外の両方で体験しました。
使用する道具、コートの広さ、練習メニュー、指導者まで、すべての条件は統一されており、異なるのは「場所(屋内か屋外か)」だけです。
運動の前後には、「注意力」「記憶力」「情報処理スピード」などを測定する3種類の認知テストが実施されました。
そして驚くべきことに、屋外での運動後にのみ、以下のような明確な向上が見られたのです。
・記憶課題での反応速度が最大100ミリ秒以上短縮
・注意を要する課題での正答率が上昇し、その効果は45分後も継続
・情報処理速度の改善も顕著
特筆すべきは、屋内のほうが総移動距離もスプリント回数も多かったという事実です。
つまり、「よりたくさん動いたから脳機能が上がった」というわけではなく、屋外という環境そのものに“脳を活性化させる力”があることが示されたのです。
しかも子どもたちが感じた“楽しさ”のスコアは、屋内と屋外でほぼ同じでした。
となれば、やはり脳の違いを生んだのは「屋外」そのものにあると考えるのが妥当でしょう。
なぜ屋外で運動すると、脳の働きがこれほどまでに向上するのでしょうか?
チームは、その理由として「注意回復理論(Attention Restoration Theory)」に注目しています。
この理論によれば、自然の中に身を置くことは、人間の注意力を回復させる“癒し”の効果があるとされます。
人工的な環境では脳が常に注意を払っている状態になりますが、自然の風景は「ぼんやり眺めているだけで脳が休まる」ため、脳の資源が回復するというのです。
とくに現代の子どもたちは、学校生活やスクリーンの前での学習など、長時間にわたって集中を強いられる場面が多く、慢性的な“脳疲労”状態に陥りやすいといわれています。
そんな彼らにとって、屋外での運動は、単なる身体の鍛錬にとどまらず、脳をリフレッシュさせる手段となっているのかもしれません。
また今回の研究では、屋外のほうが心拍数が高かったことも報告されています。
これはつまり、子どもたちが自然とより「本気」で運動していたことを意味します。
強制されたわけでも、意識したわけでもないのに、身体が自然に活性化していたのです。
それが結果的に、脳の働きを後押しした可能性もあります。
ただしチームはこの点について「因果関係を断定するには今後の研究が必要」と慎重な立場をとっています。
屋外での運動は、単なる“遊び”ではなく、脳の働きを高める科学的に裏付けられた方法である――今回の研究は、そのことを明確に示しています。
とくに現代社会では、都市化の進行とともに、子どもたちが自然と触れ合う機会が減っています。
それに比例して、集中力の低下や学習意欲の喪失、心の不調を訴える若者も増加しています。
こうした状況に対し、屋外運動という「原始的で、しかし極めて効果的な手法」は、教育や福祉の現場において新たな解決策となるかもしれません。
参考文献
Outdoor physical activity is better than indoor for your brain
https://www.zmescience.com/medicine/outdoor-physical-activity-is-better-than-indoor-for-your-brain/
元論文
Outdoor physical activity is more beneficial than indoor physical activity for cognition in young people
https://doi.org/10.1016/j.physbeh.2025.114888
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部