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今回、研究チームが対象としたのは慢性的な腰痛を抱える34人の男女。
2つのグループに分けられた参加者たちは、10週間にわたり週2回の運動セッションを行いました。
一方は、陸上でのリハビリやストレッチなどを中心とした「標準治療」グループ。
もう一方は、水の浮力を活かして背筋やお尻の筋肉を鍛える「水中運動」グループです。
MRIによる筋肉の精密測定の結果、水中運動を行ったグループでは、背骨を支える「多裂筋」や「脊柱起立筋」の一部において有意な筋肉増加が確認されました。
特に背骨の上部にあたる部位で、筋肉の容積が明確に増えていたのです。
水中では体重が軽く感じられるため、腰に過度な負担をかけることなく、安全に体幹の筋肉を鍛えることができます。
しかも、ただの運動ではなく、水の抵抗を利用した筋力トレーニングでもあるため、深層筋をバランスよく刺激できるのが大きな特徴です。
つまり、水中での運動は「痛みを悪化させずに動ける環境」を提供しながら、「使われづらい筋肉を効率よく鍛える」ことができる、まさに一石二鳥のリハビリ方法だといえるのです。
今回の研究のもう一つの注目点は、心理的な改善効果です。
水中運動を行った参加者たちは、ただ筋力が上がっただけではありません。
アンケート調査の結果、睡眠障害のほか、痛みが起きることへの不安感、恐怖心が、標準治療グループよりも大きく改善していたのです。
またMRIで計測された多裂筋の容積増加は、生活の質(QOL)や不安・うつ症状の軽減、睡眠の質の向上と有意な相関を示しました。
さらに筋肉の質的な指標である「脂肪浸潤率」の変化も、睡眠の改善と関係していたことが確認されました。
なぜ筋肉の変化が、心の状態に影響を与えるのでしょうか?
ひとつの仮説として、「自己効力感」の変化が挙げられます。
痛みのある体でも“自分で動けた”という実感が、自信や前向きな感情を生み、心理状態を改善するというメカニズムです。
とくに水中では転倒の不安が少なく、動作時の痛みも緩和されるため、「できた!」という感覚が得られやすいのです。
また筋肉と脳は神経系で密接につながっているため、筋肉の活性化が脳内の神経伝達物質(セロトニンやドーパミン)にも影響を与える可能性があります。
この「身体→脳→心」という流れが、今回の心理的な改善の背景にあるのかもしれません。
慢性腰痛というのは、単なる筋肉や骨の問題ではなく、心と身体の連動した問題です。
その両方にアプローチできるのが、今回の研究で示された「水中運動」でした。
浮力による安心感と、無理のない運動強度。そして、動くことで得られる実感と自信。
水の中で動くことが、思った以上に人間の心身に良い影響を与える、それはまるで“水が持つ癒しの力”を科学が裏付けた瞬間のようでもあります。
参考文献
Aquatic therapy can heal muscles and minds of people with chronic low back pain, study suggests
https://medicalxpress.com/news/2025-06-aquatic-therapy-muscles-minds-people.html
元論文
Aquatic exercise versus standard care on paraspinal muscle morphology and function in chronic low back pain patients: a randomized controlled trial
https://doi.org/10.1038/s41598-025-00210-3
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部