アメリカのオクシデンタル大学(Oxy)で行われた研究によって、深海に生息するウミグモ(海蜘蛛)が、自分の体にメタンを酸化してエネルギーを得る細菌を“飼育”し、それを食べることでメタン由来の栄養を得ている可能性が高いと発表しました。

海底から漏れ出すメタンを「ガス→細菌→動物」というルートで海洋生態系へ組み込むこの仕組みは、深海の炭素循環に新たな一手を示す発見です。

深海の小さなクモが担う“ガス食い”の役割とは、いったいどこまで広がっているのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年06月16日に『Proceedings of the National Academy of Sciences』にて発表されました。

目次

  • メタンオアシスの謎を追え
  • 温室効果ガスを“養殖”して食べる――深海クモの衝撃エコ戦略
  • 小さなクモが気候を動かす?

メタンオアシスの謎を追え

メタンオアシスの謎を追え / 冷水湧出帯(cold seep)の中で塩水溜まりとなっている海底窪地、 cold seepではメタン・エタン・硫化水素・塩水など “熱くない”流体が噴き出ている/Credit:wikipedia

海の表層から光が届かなくなる深さでは、植物プランクトンのような光合成が機能しません。

それでも深海に多彩な生き物が暮らせるのは、化学エネルギーを手がかりに栄養をつくる仕組みがあるからです。

なかでも注目されるのが「メタン湧出帯」と呼ばれる海底下からメタンガスが泡となって湧き出す深海環境のことです。

ここではメタンや硫化水素を“燃料”にして有機物を合成する微生物が繁栄し、その微生物たちが寄生・共生する大型動物が独自のコミュニティをつくっています。

例えば、深海のチューブワームや二枚貝類は体内に化学合成細菌を共生させ、微生物が作り出す有機物をもらって生きています。

しかしウミグモ(クモに似た節足動物の一種)がそうした共生で栄養を得ている例は、これまでほとんど報告がありませんでした。

一般的なウミグモはイソギンチャクやゴカイ、海綿動物など他の無脊椎動物を捕食して体液を吸うことで栄養をとるため、「ガス→細菌→動物」というルートとは無縁と考えられてきました。

そこで研究チームは、「深海のウミグモもメタン由来のエネルギーを利用しているのではないか?」という疑問を抱き、その仮説を検証することにしました。

温室効果ガスを“養殖”して食べる――深海クモの衝撃エコ戦略

温室効果ガスを“養殖”して食べる――深海クモの衝撃エコ戦略 / ウミグモのストローのような口先を顕微鏡でぐっと拡大した映像で、表面に砂糖をまぶしたドーナツのように無数のツブツブが張り付いている様子がわかります。これらのツブツブはメタンを“食べて”増える細菌の集まりで、ウミグモが体の表面で細菌をまるで家庭菜園の作物のように育てていることを、ひと目で示す決定的な証拠になっています。Credit:Methane-powered sea spiders: Diverse, epibiotic methanotrophs serve as a source of nutrition for deep-sea methane seep Sericosura

果たして深海のウミグモたちもメタン菌を利用しているのか?

謎を解明するため研究チームは北米太平洋岸の複数のメタン湧出帯(カリフォルニア沖~アラスカ沖)で深海性のウミグモ類を採集しました。

その結果、集められた個体はSericosura属のウミグモ3種に分類され、いずれも未記載の新種であることが判明しました。

これらウミグモは深海の炭酸塩岩に棲む体長約1 cmほどの半透明な生物です。

次に研究チームは手元にあったメタンやメタノールの炭素を“重い炭素”である炭素-13(炭素同位体)に交換したものを目印とし、これら目印付きを溶け込んだ密閉容器にウミグモたちと一緒に入れました。

もしウミグモたちがメタンやメタノールを「不要」とするなら、水中にある目印付きのメタンやメタノールがウミグモたちの体に蓄積することはありません。

一方でもし本当に「ガス→細菌→動物」というルートで栄養を摂取しているなら、目印付きのメタンやメタノールがウミグモの体に溜まっていくはずです。

結果、ウミグモの組織中で目印(炭素‐13)の濃度が大きく上昇し、メタン由来の炭素がウミグモの体内に取り込まれたことが確認されました。

一方で船上実験と並行して分析した野生個体の炭素同位体比も著しくメタン由来の軽い炭素が多いことを示しており、現地でもメタン起源の有機物を摂取していることが示唆されました。

ウミグモとメタンの関係を探る上で鍵となったのが、ウミグモの体表に付着する細菌たちです。

採集したウミグモ個体を調べたところ、表面の外骨格に多種多様な細菌がびっしりと棲みついていることが分かりました。その中にはメタンを酸化してエネルギーを得る細菌やメタノールを代謝する細菌が数多く含まれており、ウミグモ個体の細菌叢の中で主要な構成要素となっていました。

実際、ある種のメタン酸化細菌(Methylomonadaceae科)はウミグモの微生物群集全体の2~6割を占めており、ウミグモが纏う細菌の「主役」と言えます。

興味深いことに、オスのウミグモが抱える卵嚢(卵のう)からも同じような細菌群が見つかりました。

これは、この細菌が親から子へ受け継がれている可能性を示しており、生まれた子ウミグモも親と同じ細菌との共生関係をすばやく構築できる可能性があると研究者は考えています。

ではウミグモはどのようにして細菌から栄養を得ているのでしょうか。ウミグモ自体はメタンを直接利用できませんが、体表に「膜」のように張り付いたメタン酸化細菌がメタンを消費して増殖し、その細菌をウミグモが歯のような口器で削り取って食べていると考えられます。

実際に、採集した個体の外骨格表面には直径数十マイクロメートルの細菌コロニーが無数に付着し、まるでウミグモが細菌の畑を身にまとっているかのような状態でした。

研究者たちは、この共生システムによってウミグモが間接的にメタンという特殊なエネルギー源を自らの栄養(有機炭素)に変換して取り込んでいると結論付けました。

小さなクモが気候を動かす?

今回発見されたウミグモと細菌の関係は、動物と微生物の新たな共生パターンとして注目されます。

メタン湧出域ではこれまでにも二枚貝類やゴカイ類などとメタン酸化細菌との共生が知られていましたが、節足動物であるウミグモがメタン由来の炭素に依存して生きていることが示されたのは初めてです。

論文はこの発見を、動物と微生物の新しい相互作用を示し、メタン由来の炭素が動物の体に直接取り込まれる新たな経路を示したと位置付けています。

実際、今回のウミグモ3種の発見は、深海メタン湧出域における生物多様性の豊かさと、そうした生物がエネルギーを得る戦略の多様性を物語っています。

研究チームは「この発見は海洋におけるメタン循環の理解を一歩進めるものだ」と強調しています。

我々人類が深海について知らないことはまだ多く、3種もの新種が偶然見つかったこと自体、深海生態系の未知なる姿を浮き彫りにしています。

本研究を率いた米オクシデンタル大学のシャナ・ゴフレディ教授は、深海研究の意義について次のように述べています。

「深海は遠く離れた世界のように感じられますが、実際にはすべての生物は互いにつながっており、一つの生態系で起こることは別の生態系にも影響を与えます。気候の調節や酸素の生産、漁業資源の供給にも関わっている深海の生物多様性を理解することは非常に重要です」と述べています。

今回明らかになったウミグモのメタン共生は、その深海生態系の一端を示す発見といえます。

またゴフレディ教授は、今回調査されたものと同じSericosura属に属しメタン湧出域に生息する他のウミグモについても、同様にメタンをエネルギー源として利用している可能性が高いと推測しています。

今後も深海には“メタンで生きる”未知の生物が潜んでいるかもしれません。

今回発見されたウミグモはメタンをエネルギー源に変えて自らの糧とする驚くべき生態を示し、生命の驚異的な適応力を物語っています。また、この発見は地球規模での炭素循環を理解する上でも重要な一歩です。

今後のさらなる研究によって、深海生態系の謎が一層明らかにされていくことが期待されます。

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参考文献

Methane-eating sea spiders discovered off Southern California coast
https://www.sfgate.com/la/article/methane-spiders-southern-california-20377422.php

Recent Occidental College Graduate Lead Author in Journal Publication
https://www.oxy.edu/news/recent-occidental-college-graduate-lead-author-journal-publication

元論文

Methane-powered sea spiders: Diverse, epibiotic methanotrophs serve as a source of nutrition for deep-sea methane seep Sericosura
https://doi.org/10.1073/pnas.2501422122

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 「メタンを食べる」ウミグモが発見される