蛇口をひねれば水が出る。

日本では当たり前のこの光景も、世界では決して常識ではありません。

世界には、清潔で安全な飲料水にアクセスできない人々が22億人以上も存在します。

水道が整備されていない地域や、災害で水インフラが損なわれた場所では、1杯の水を確保することさえ困難です。

こうした課題に立ち向かうべく、アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究チームは、新たな水収集装置を開発しました。

なんとその装置は、窓サイズでありながら、電源もフィルターも使わずに、空気中の水分を安全な飲料水へと変換できるというのです。

この研究成果は、2025年6月11日付で科学誌『Nature Water』に掲載されました。

目次

  • 空気から飲料水を作る「窓サイズ」のパネルデバイス
  • 乾燥地域で「電力」も「フィルター」も必要とせず、飲料水の生成に成功

空気から飲料水を作る「窓サイズ」のパネルデバイス

人類の歴史を振り返れば、文明は常に「水のある場所」に築かれてきました。

にもかかわらず、現代でもなお多くの人々が清潔な水にアクセスできない現実があります。

今でも多くの人は飲料水をすぐに入手できない / Credit:Canva

水資源の過剰利用、人口の都市集中、そして気候変動の影響で、飲料水の確保は今やグローバルな課題です。

既存の水供給手段には限界があります。

川や湖、地下水は過剰に利用されることで枯渇し、浄水インフラがない地域では安全な水を得る手段が乏しいのが現状です。

そこで近年では「大気中の水蒸気を収集する」技術が注目されています。

この技術やその装置に用いられる素材の一つがハイドロゲルです。

ハイドロゲルは、水分を吸収・保持する性質を持つゲル状の素材で、主に生体工学や医療分野で応用されてきました。

しかし従来のハイドロゲル式水収集装置にはいくつかの課題がありました。

それは、リチウム塩などの吸湿性塩分を内部に含ませることで吸水効率を上げていたものの、収集された水に塩が混ざってしまうこと。

さらに、装置がフラットな形状のままだと水蒸気との接触面積が限られ、効率が悪いという欠点もありました。

窓サイズの飲料水生成装置を開発 / Credit:MIT

こうした問題点を解決すべく、MITの研究チームは新たなデバイスの開発に取り組みました。

それが窓サイズの垂直型パネルです。

このパネルの表面には、ハイドロゲルの小さな丸い膨らみ「ドーム」がたくさんついていて、まるで気泡緩衝材(プチプチ)のような外観をしています。

それぞれの小さなドームは、夜になると空気中の水蒸気を吸い込み膨らみます。

表面積が大きくなるので、水蒸気を吸収する能力はさらに高まります。

ハイドロゲル素材のホール / Credit:MIT

そして、昼になると太陽の熱でその水分が蒸発。ドームは元の小さな形に縮むのです。

では、蒸発した水蒸気はどうなるのでしょうか。

このドームは、冷却ポリマーでコーティングされたガラス層に包まれています。

水蒸気がガラス面に触れることで凝縮され、水滴としてパネル下部のチューブへと流れ込む設計になっています。

これにより、電力もフィルターも使わずに清潔な飲料水が得られるのです。

では、この窓サイズの装置はいったいどれほどの飲料水を生成できるのでしょうか。

乾燥地域で「電力」も「フィルター」も必要とせず、飲料水の生成に成功

MITのチームは、実際にこの装置を2023年11月に北米で最も乾燥した地域カリフォルニア州の「デスバレー」に持ち込み、7日間にわたる実地試験を行いました。

結果は驚くべきものでした。

装置は湿度21〜88%という幅広い条件下でも安定して稼働し、1日あたり57〜161.5mlの飲料水を生成しました。

これは、同様のパッシブ型装置だけでなく、一部の電力式装置よりも優れた成果です。

実験では極度に乾燥した地域でも1日あたり57~161.5mlの飲料水を生成できた / Credit:MIT

さらに特筆すべきは、「水の安全性」です。

多くのハイドロゲル装置では塩分の漏出が問題となりますが、MITの装置ではナノ細孔を持たないマイクロ構造とグリセロール(保湿性の高い液体化合物)の添加により、リチウム塩の安定化に成功。

実際に収集された水は、フィルターなしでも飲料水基準をクリアしています。

そして、この装置の最大の利点はその拡張性と設置自由度です。

垂直型で省スペースのため、住宅の外壁や窓に複数設置すれば、家庭単位での水供給も可能となるのです。

バッテリーもソーラーパネルも不要なため、電力インフラのない地域でも稼働し、災害時の非常用水源としても有望です。

もちろん、このパネル1つだけでは誰かの喉の渇きを満たすのに十分ではありません。

しかし拡張性を活かして大量にパネルを並べるなら、この課題は簡単に解決できるでしょう。

現在、研究チームはこの技術のさらなる改良に取り組んでおり、新たな素材の開発やスケールアップも視野に入れています。

MITの窓サイズの水収集装置は、「どこでも、誰でも、いつでも」飲料水が得られるという未来をぐっと身近にしてくれる技術なのです。

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参考文献

MIT’s water harvester works in extreme climate without power or filters
https://newatlas.com/technology/mit-water-harvester-extreme-climate-power-filters/

Window-sized device taps the air for safe drinking water MIT engineers developed an atmospheric water harvester that produces fresh water anywhere — even Death Valley, California.
https://news.mit.edu/2025/window-sized-device-taps-air-safe-drinking-water-0611

元論文

A metre-scale vertical origami hydrogel panel for atmospheric water harvesting in Death Valley
https://doi.org/10.1038/s44221-025-00447-2

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 「空気から飲料水を生む」窓サイズのパネルを開発!電源もフィルターも不要で置くだけ