2023年、地球に到達した前代未聞のエネルギーを持つ粒子が観測されました。

この欧州を中心とする国際共同実験KM3NeTが検出した『KM3-230213A』イベントは当初はニュートリノ(極めて軽い素粒子)の一種だと考えられました。

しかしアメリカのワシントン大学セントルイス校(WashU)などで行われた研究によって、地球に衝突した粒子は『ニュートリノではなく暗黒物質が関与した可能性もある』と提案されました。

研究ではこのモデルを使うことで地中海の深海にあるニュートリノ望遠鏡「KM3NeT」では観測されたものの南極にある南極のアイスキューブ・ニュートリノ観測所では観測されなかったという謎も自然に解けると述べています。

もしこの大胆な仮説が正しければ、従来の物理学の枠を超えた新たな宇宙像が描かれることになります。

果して私たちは本当に宇宙からの“暗黒メール”を私たちは受け取ったのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年5月28日に『arXiv』にて発表されました。

目次

  • ニュートリノだとすると矛盾が多すぎる
  • 地球に突き刺さったのは“暗黒ビーム”だったのか?
  • 暗黒物質説は宇宙像を書き換えるか

ニュートリノだとすると矛盾が多すぎる

ニュートリノだとすると矛盾が多すぎる / Credit:Canva

宇宙からは時折、想像を絶する高エネルギーの粒子が飛来します。

例えば1991年には「オーマイゴッド粒子」と呼ばれる史上最高エネルギーの宇宙線(放射線)が観測され、その後もエネルギーの起源不明な粒子が報告されてきました。

中でも2023年2月、地中海の深海にあるニュートリノ望遠鏡「KM3NeT」が、非常に珍しい粒子を検出しました。

粒子のエネルギーは約220ペタ電子ボルト(PeV)と推定され、南極のアイスキューブが観測したニュートリノの最高記録(約10PeV)の約20倍以上という桁外れの規模で、前例のないものでした。

220ペタ電子ボルトの凄さとは?

220ペタ電子ボルトというエネルギーは、ジュールに直すとたった0.035 ジュールほどにすぎません。これは野球ボールを時速1 メートルではなく時速70センチほどでそっと転がしたときの運動エネルギーと同じくらいです。日常の感覚では「大したことがない」数字に見えますが、ここでエネルギーを背負っているのは重さが野球ボールの10²⁶分の1以下しかない陽子や原子核のような極小の粒子です。質量がほぼゼロに近い点粒子に0.035 ジュールを詰め込むとエネルギー密度は桁外れに高くなります。比較のために、人類最大の加速器LHCが陽子1個に与えられるエネルギーは6.5テラ電子ボルトしかありませんので、220ペタ電子ボルトはその3万倍以上に相当します。もしLHCが地上を走るジェットコースターだとすれば、この粒子は太陽‐冥王星間を一瞬で駆け抜けるコースターのようなもの――数字が小さく見えても、粒子一個に詰め込まれたエネルギーとしては想像を超える高密度であり、そんな粒子が自然の宇宙加速装置から飛んできたことこそが「前代未聞」と言われる理由なのです。

この粒子は大気中でミュー粒子(ミュオン)を生み出し、水中を通過する際のチェレンコフ光(青い閃光)によって検知されています。

検出された粒子は、KM3NeT検出器の約3分の1のセンサーが反応するほど強力なものでした。(2025年のarXiv追補論文より)

まさに「ありえない」ほどの高エネルギー粒子だったのです。

(※純粋なエネルギーではオーマイゴット粒子やアマテラス粒子のほうが強力ですがニュートリノとしては破格でした)

ところが、この超高エネルギー粒子の発生源には謎が残りました。

発表当初、観測チームは粒子を生んだ天体を特定しようと試みましたが、観測された粒子の方向には約 3° 以内に 18 個の候補が存在し、詳細な解析の結果 7 個が特に有力視されました。

これらの候補はブレーザーと呼ばれる天体で、銀河中心の巨大ブラックホールが膨大なエネルギーを放射しているものです。

ブレーザーは中心ブラックホールからジェット状に高速粒子を噴き出し、中には地球方向へ粒子を放出しているものも知られています。

ブレーザーは宇宙線やニュートリノの有力な発生源と考えられており、2018年にはアイスキューブ観測所がブレーザー由来とみられる高エネルギーニュートリノを検出した例もあります(TXS 0506+056事件)。

しかし今回の粒子の場合、必要とされるエネルギー規模が桁違いに大きく、通常のブレーザーでは説明が困難でした。

推定では、この粒子をニュートリノだと仮定すると発生源の明るさは通常の銀河のエネルギー放出(約10^45エルグ/秒)の約10万倍(約10^50エルグ/秒)にも達し、仮にビーム状の集中放射で1000倍明るく見積もっても、100年単位の長期間にわたる大規模フレア(爆発的活動)が必要になるとされています。

これは常識的に考えて非常に難しく、観測された1事象を説明するには無理がある値です。

さらなる疑問は南極のアイスキューブ観測所との比較から生まれました。

アイスキューブはKM3NeT と比較して同エネルギー帯の事象に対して約 5〜10 倍の有効面積を持っています。

ところが、アイスキューブでは今回に匹敵するような超高エネルギー事象は一つも報告されていないのです。

本来ならば南極でも検出されてもおかしくないはずの粒子が、なぜ地中海でしか捉えられなかったのか――この食い違いは研究者たちを大いに悩ませました。

以上のような背景から、この「高エネルギー粒子」の正体については様々な仮説が飛び交うことになります。

誤検出の可能性は潰されている

現在までに行われた解析では、KM3NeT が捉えた KM3-230213A について「機器のノイズや大気ミュー粒子の取り違え」といった誤検出シナリオは徹底的に検証されており、いずれも極めて起こりにくいことが確認されています。まず信号は検出器全体の約3分の1もの光センサーで同時に記録され、個々のタイミングもマイクロ秒単位で首尾よく一致していたため、単発の電子ノイズで説明する余地がありません。

この検出器にはほぼ 1 万 2000 本の光電子増倍管(PMT) が稼働していました。そのうち およそ 4000 本──全体の 3 分の 1 強 が KM3-230213A の光をとらえ、しかも 25 % 以上(3000 本超)は信号が大きすぎて飽和してしまったとのことです。1個や2個の反応ならば誤検出の可能性もまだあり得ますが、4000個が一斉に反応したという結果は、確実に巨大なエネルギーを持つ粒子が出現したことを示しています。

さらに、再構成された飛跡は水中をほぼ一直線に貫通しており、エネルギー分布や角度分散も既知のバックグラウンドの特徴とかけ離れていました。こうした多角的なチェックを経た結果、誤検出である可能性は事実上無視できると結論づけられており、研究者たちはこのイベントを「ほぼ確実に実在する超高エネルギー宇宙粒子の通過」とみなしています。

では超高エネルギー粒子が本当に通過したとして、その正体はニュートリノ意外に何が考えられるのでしょうか?

ひとつは暗黒物質が地球内部で散乱し、高エネルギー粒子を生成した可能性です。

暗黒物質は未だ直接観測されたことのない仮想上の物質ですが、宇宙に存在する質量の大半を占めると考えられており、その崩壊や相互作用が極高エネルギー粒子を生み出すシナリオは標準理論を超えた新物理として以前から議論されています。

他にも初期宇宙のブラックホール蒸発や光速を超える粒子の仮説など、いくつかの挑戦的なアイデアが提案されました。

しかし、いずれの案も「アイスキューブで未検出」という謎まではうまく説明できませんでした。

(※なお日本のニュートリノ観測装置でも検出されていません。)

こうした中、2025年5月にアメリカ・欧州・インドの理論研究グループが発表したのが、「今回の粒子はニュートリノではなく暗黒物質による現象だ」という大胆な仮説でした。

彼らの目的は、この超高エネルギー事象の謎(発生源のエネルギー問題とアイスキューブ未検出問題)を一挙に解き明かすことにありました。

言わば「暗黒物質の仕業だ」という新視点で、“常識外れ”の粒子の正体に迫ろうとしたのです。

地球に突き刺さったのは“暗黒ビーム”だったのか?

地球に突き刺さったのは“暗黒ビーム”だったのか? / Credit:Canva

220ペタ電子ボルトの超高エネルギー粒子は暗黒物質に由来するのか?

謎を検証するため研究グループ(米ワシントン大学セントルイス校やテキサスA&M大学、インド工科大学グワハティ校などの共同チーム)は、複数の理論を見合わせて暗黒物質がかかわるシナリオを計算しました。

そのシナリオとは、「遠方のブレーザーが加速した暗黒物質が地球に飛来し、地球内部で通常物質と衝突して新たな粒子を発生させ、それが検出された」というものです。

ブレーザーとは何か?

ブレーザーを一言でいえば「クエーサーがこちらにライトを向けている特別バージョン」です。そもそもクエーサーとは、銀河の中心で超巨大ブラックホールが莫大なエネルギーを放つ“活動銀河核”の代表選手で、その多くは両極から光速近いジェットを噴き出しています。太陽の数兆倍(10¹³倍前後)もの光を放つ「宇宙最大級の灯台」とも言われておりその輝きは天の川銀河全体を合わせた明るさの千倍以上に達することも珍しくなく、もしクエーサーをわずか数メガパーセク(数千万光年)程度の距離に置けば、夜空は月明かりのように白み、星座は見えなくなると言われるほどです。代表格の 3C 273 ではブラックホール質量が太陽の十億個分ほどで、私たちの銀河中心ブラックホール(約四百万太陽質量)の二百倍以上も重いと推定されています。そこから噴き上がるジェットは光速の九割以上(90~99%)で走り、時に十万光年を超えて銀河の外へ突き抜けます。

ブレーザーも同じブラックホールのジェットを持つ点ではクエーサーと仕組みはまったく同じですが、決定的に違うのは私たちの見ている角度です。クエーサーのジェットが横向きや斜めに伸びていれば、遠くからは比較的おとなしく見えます。一方、ジェットの片方がほぼ地球の方向を向いているのです。サーチライトを真正面から浴びるように、ガンマ線や高エネルギー粒子が集中して飛んできます。この“正面衝突”状態にあるクエーサーを特にブレーザーと呼ぶのです。要するにジェットそのものは共通で、ブレーザーとクエーサーの違いは構造ではなく「私たちから見た向き」による呼び分けだと考えると、イメージしやすいでしょう。

暗黒物質そのものは光を放ちませんが、地球内部で物質と反応を起こすことで結果的に光を伴う粒子(ミュー粒子の飛跡として観測されるチェレンコフ光)を生み出す――言わば「暗黒物質が地球の中で発光した」ように見える現象です。

この仮説に基づけば、KM3-230213Aイベントはニュートリノではなく暗黒物質が引き起こした事象だった可能性があります。

そこで研究チームは、暗黒物質が「地球で光る」仕組みを説明するために二つの反応パターンを考えました。

ひとつめは“二段階ジャンプ”型です。

宇宙から飛び込んできた暗黒物質の粒(χ)が地殻中の原子核にぶつかると、一瞬だけエネルギーをたっぷり吸い込んだ興奮状態(χ*)に跳ね上がり、すぐに元の姿(χ)へ戻る際にミュー粒子という兄弟粒子を二つ放り出します。

もうひとつは“ワンショット生成”型です。

暗黒物質 χ が原子核と衝突した瞬間に未知の仲介粒子 Z′を吐き出し、この Z′がほとんど時間をおかずにミュー粒子のペアへ崩れるというものです。

どちらの道筋でも最終的にミュー粒子が二本、地面の下から水中へ突き抜け、KM3NeT や アイスキューブ の光センサーに青い閃光を刻んで行きます。

検出器はミュー粒子の飛跡を一本の光の線としてしか見分けられないため、この二本が同時に飛び込んでも“一発”の出来事として記録されます。

Credit:Canva

次に研究チームは、暗黒物質の粒がどれくらい他の物質とぶつかりやすいか(散乱断面積)、仲介粒子 Z′の短い寿命、さらに“弾丸”を撃ち出すブレーザーの明るさやフレアの長さなどを変えながら計算を重ねました。

すると地球から約七十億光年先(赤方偏移 z≈1)のブレーザーが、たった二年間だけ大噴火して暗黒物質をビームのように撃ち出す状況でも、KM3NeT には年に一度レベルで事象が入り込むとわかったのです。

南極のアイスキューブでは同じ粒子が通る地下の距離が短く、途中でぶつかって光る確率がずっと下がるため、同クラスの信号がほぼ見えなかった理由も自然に説明できます。

さらにこのモデルは検証可能な宿題も残しました。暗黒物質が本当に関与しているなら、アイスキューブ でも数年観測を続ければ 0.3〜3 件程度の“似たような超高エネルギーイベント”が顔を出すはずだ、というのです。十年分のデータでゼロだったのは、単に頻度が低くてくじを外し続けただけかもしれません。

だからこそ研究者たちは「次こそ アイスキューブ が小さな当たりくじを引くかどうか」をじっと見守っています。もし予言が的中すれば、今回の暗黒物質シナリオは思いつきではなく、本当に宇宙を説明する新しい鍵になるでしょう。

この予測は重要で、単なる思いつきの理論ではなく将来的に反証・実証が可能な科学的仮説であることを意味します。

暗黒物質説は宇宙像を書き換えるか

暗黒物質説は宇宙像を書き換えるか / Credit:Canva

この挑戦的な暗黒物質起源説は、超高エネルギー宇宙粒子の謎に新たな光を当てるものです。

もし本当に暗黒物質が地球内部で“発光”し、それをニュートリノ望遠鏡が捉えたのだとすれば、私たちはニュートリノ天文学の枠を超えて暗黒物質そのものを間接検出したことになります。

暗黒物質は通常、光学望遠鏡では見えず重力などでしか存在を示しませんが、この研究が示すように高感度の素粒子検出器が暗黒物質の痕跡を捉える日が来たのかもしれません。

もっとも、このシナリオはあくまで現時点では仮説であり、確定にはさらなる証拠が必要です。

他の研究者からは、暗黒物質の崩壊によって直接ニュートリノを放出し今回の事象を説明するモデルも提案されています。

こちらのモデルでは質量約440 PeVの暗黒物質が自然崩壊してニュートリノを放つシナリオで、KM3NeTの観測とアイスキューブ未検出を両立させられる可能性が示唆されています。

暗黒物質以外にも、ニュートリノが通常とは異なる相互作用を示す「ニュートリノNSI仮説」など複数の見解があり、科学界では活発な議論が続いています。

「高エネルギー粒子」の正体が何であれ、その観測自体が我々の宇宙観を拡張するマイルストーンであることは間違いありません。

KM3NeTスポークスパーソンのパスカル・コイル氏はこの発見について「KM3NeTはこれまでの観測で届かなかった極限のエネルギー領域に踏み込み始めました。この数百PeV級ニュートリノの初検出は、ニュートリノ天文学の新たな章を開き、宇宙を観測する新たな窓をもたらします」と述べています。

超高エネルギーの宇宙粒子は、宇宙線の起源や粒子加速のメカニズムといった長年の謎に答えをもたらす可能性があります。

今回提案された暗黒物質シナリオも、そうした謎解きの一端を担う大胆な試みと言えるでしょう。

今後、アイスキューブやKM3NeTでさらなる超高エネルギー事象が見つかれば、この仮説の検証が進むはずです。

また、研究チームは暗黒物質起源であればニュートリノ検出器で観測される粒子の種類(フレーバー比)に独特の偏りが現れる可能性にも言及しています。

加えて、地上の暗黒物質直接検出実験や次世代の加速器実験でも関連する手がかりが得られるかもしれません。

宇宙の暗黒物質が極限のエネルギーで飛び交い、それが地球で閃光を生む——まるでSFのようなシナリオですが、科学者たちは慎重にその可能性を探っています。

「KM3-230213Aイベントは暗黒物質だったかもしれない」というこの仮説が真実かどうか、今後の観測と研究の進展に期待が高まります。

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元論文

`Dark’Matter Effect as a Novel Solution to the KM3-230213A Puzzle
https://doi.org/10.48550/arXiv.2505.22754

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 地球を直撃した「ありえない粒子」は暗黒物質だった――最新研究が発表