人工の歯はますますリアルになっています。

もし自然な歯のように“感覚”が戻ってくるとしたらどうでしょうか。

アメリカのタフツ大学(Tufts University)の研究チームは、神経と再接続する“スマート・インプラント”を開発中です。

ラットを用いた実験では、埋め込んだインプラントが成長し、拒絶反応もなく安定していることが確認されました。

研究の詳細は、2025年4月30日付の科学誌『Scientific Reports』に掲載されました。

目次

  • 自然な歯のような“食感”
  • 神経とつながる新しい「スマート・インプラント」とは?
  • ラット実験にて新インプラントの移植に成功!結合組織が形成される

自然な歯のような“食感”

歯を失った人が選ぶ一般的な治療法のひとつが、歯科インプラントです。

これは、ネジのようなチタン製の金属柱を顎の骨に埋め込み、その上にセラミックの人工歯を取り付けるという方法です。

従来のインプラントのイメージ / Credit:Canva

この方法は高い耐久性を誇り、見た目も自然で美しい仕上がりになります。

しかし、「噛む」ことはできても「感じ方」が変わることがあります。

その理由は、自然な歯に備わる「歯根膜(しこんまく)」と呼ばれる神経を含んだ膜が、インプラントには存在しないからです。

歯根膜は、歯に加わる圧力を神経に伝える重要な役割を果たしており、これがあるからこそ私たちは自然な「歯ごたえ」を感じることができるのです。

これがもたらす感覚は敏感で繊細であり、揚げ物のサクサク感や、団子のモチモチ感も、この歯根膜のおかげで得られます。

現在のインプラントは「機械的な義歯」であり、やはり「生きた食感」を生み出さないのです。

この限界を超えるために、タフツ大学の研究チームは「神経とつながるインプラント」の開発に挑みました。

神経とつながる新しい「スマート・インプラント」とは?

神経と繋がり「食感を取り戻す」新インプラント / Credit:Jake Jinkun Chen(Tufts University)et al., Scientific Reports(2025)

新たに開発されているインプラントは、従来のものとは決定的に異なる構造を持っています。

まず、インプラントの外側には生分解性のゴム状ナノファイバー層がコーティングされています。

この層には幹細胞と、それが神経細胞に変化するのを助ける特殊なタンパク質が含まれています。

そしてインプラントは、骨ではなく軟組織を通じて固定されます。

初期はやや小さめのサイズで挿入され、時間の経過とともにナノファイバー層が分解しながら膨張し、歯槽(歯がはまり込む顎骨のくぼみ)の内壁に密着して安定するのです。

この過程で幹細胞は神経細胞へと分化し、歯槽壁に残された神経終末と再接続される可能性があります。

つまり、かつて存在していた歯の神経ネットワークが部分的に再構築されるのです。

この仕組みは、従来のインプラントにはなかった「感覚の回復」への扉を開くものです。

新しいインプラントは治癒が進むにつれて、抜歯によって失われていた口と脳のコミュニ―ションを復活させ、自然の歯とほぼ同じような「歯ごたえ」を感じ取るのに役立つはずです。

では、本当にこのようなインプラントの実現が可能なのでしょうか。

ラットの実験を見てみましょう。

ラット実験にて新インプラントの移植に成功!結合組織が形成される

ラット実験では埋め込みと固定に成功。今後はマウスの感覚を調査 / Credit:Jake Jinkun Chen(Tufts University)et al., Scientific Reports(2025)

研究チームは、このスマート・インプラントをラットの下顎前歯に移植する実験を実施しました。

使用されたインプラントには、前述の幹細胞と成長因子を含むナノファイバー層が施されており、手術は体への負担をできるだけ少なくして実施されました。

術後6週間の経過観察では、インプラント周囲に骨組織ではなく柔らかい結合組織が形成され、従来のインプラントでは見られない「軟組織による固定」が成功していることが確認されました。

また、インプラントには感染や炎症などの拒絶反応はなく、機械的安定性も良好でした。

今後、研究チームは、ラットの脳活動を測定し、感覚信号が脳に伝わっているかを確認する予定です。

将来的には大型動物モデルでの試験を経て、人間への臨床応用が目指されています。

この技術が確立されれば、歯科分野にとどまらず、股関節や骨折部位など他のインプラント医療にも応用できる可能性があります。

「自然の歯のように感じる人工歯」は、かつては夢物語でした。

しかし今、その夢が現実になろうとしています。

口の中の人工物が、“脳と会話する”未来が始まろうとしているのです。

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参考文献

Bioengineered tooth “grows”in place to look and feel like the real thing
https://newatlas.com/medical-devices/tooth-implant-innovation/

What if Dental Implants Could Feel More Like Your Real Teeth?
https://now.tufts.edu/2025/06/11/what-if-dental-implants-could-feel-more-your-real-teeth

元論文

Surgical considerations towards inducing proprioceptive feedback in dental implants
https://doi.org/10.1038/s41598-025-99923-8

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 【リアルな食感を再び】成長して神経と融合する「人工歯」とは?