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一般に水中に存在するこの微生物は、鼻から侵入し、嗅神経を通って脳に到達。脳組織を文字通り“食べながら”進行するという、恐ろしく攻撃的な病原体です。
病名は「原発性アメーバ性髄膜脳炎(PAM)で、発症すると頭痛や発熱、吐き気から始まり、幻覚、意識混濁、けいれんを経て、短期間で死に至ることが多い恐ろしい病気です。
CDCの調査によれば、1962年から2023年にかけてアメリカ国内で報告された164件のPAM症例のうち、生存したのはわずか4人のみ。
致死率はほぼ100%とされる“最凶クラス”の感染症なのです。
フォーラーネグレリアは25〜35℃の温かい淡水を好みます。
湖や池、温泉、清掃の不十分なプールに加えて、使用されないまま放置されたRVの水タンクも格好の温床です。
さらに恐ろしいのは、このアメーバが人の体内に入ると、通常の「鞭毛型」から活発な「トロフォゾイト型」と呼ばれる形態に変化し、脳細胞を餌にして猛烈に増殖を始める点です。
皮膚からの侵入や口からの飲み込みによる感染は極めて稀で、多くの場合は体の免疫システムによって排除されます。
しかし「鼻から入った場合」は例外です。
嗅上皮を食い破って嗅神経をたどり、脳に直通するルートを進んでしまうのです。
そのため、CDCは鼻うがいを行う際、必ず「蒸留水」「滅菌水」または「一度沸騰させた水を冷ましたもの」を使うよう強く警告しています。
水道水や、消毒処理が不明な水源からそのまま水を使うのは、まさに“脳に通じる扉”を自ら開け放つような行為と言えるでしょう。
今回の事例はアメリカでの発症でしたが、日本も決して無関係ではありません。
1996年には、佐賀県で25歳の女性がフォーラーネグレリアに感染し、わずか9日で死亡するという症例が確認されています。
水源や感染経路は特定されませんでしたが、日本の淡水環境にも存在することが証明された貴重な事例です。
さらに国内の温泉施設や川で、近縁種であるネグレリア属のアメーバが多数検出されており、日本でも“脳食いアメーバ”感染のリスクが潜在していることは間違いありません。
風邪対策として定着した「鼻うがい」。だからこそ、油断は禁物です。
わずかな注意を怠ることで、取り返しのつかない事態を招くこともあるのです。
水は生命の源であると同時に、ときに命を奪う媒介にもなる。そんな二面性を私たちは決して忘れてはいけません。
参考文献
Texas Woman Dies From Brain-Eating Amoeba After Flushing Sinuses
https://www.sciencealert.com/texas-woman-dies-from-brain-eating-amoeba-after-flushing-sinuses
元論文
Notes from the Field: Primary Amebic Meningoencephalitis Associated with Nasal Irrigation Using Water from a Recreational Vehicle — Texas, 2024
https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/74/wr/mm7419a4.htm
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部