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ところが、シダクロスズメバチが自然界で何を餌としているのか、実はあまり詳しく知られていませんでした。
1970年代に行われた調査では、昆虫を中心に54種が記録されましたが、それ以降の本格的な研究は長らく行われておらず、半ば飼育者の“経験と勘”によって飼育が続けられてきたのです。
そうした中、地元の飼育者たちは鶏肉や鹿肉などの“肉”を与えることで巣を大きく育ててきました。
彼らは実際に、野生のスズメバチが小鳥や小動物を捕食する場面を目撃しており、独自の知見に基づく飼育方法を実践していたのです。
ただこうした地元民の報告はあくまで主観的なものでしかなく、客観的な科学的証拠は得られていなかったのです。
そこで今回の研究は、こうした“経験知”が科学的に正しいかどうかを初めて検証しました。
研究チームは、岐阜県と長野県に存在するシダクロスズメバチの巣を対象に、計12巣(野生巣5、飼育巣7)から終齢幼虫52個体を採取し、腸内に残された餌生物のDNAを分析しました。
使った方法は「DNAメタバーコーディング」と呼ばれるもの。
特定の遺伝子領域を解析することで、どのような生物が餌として取り込まれたかを特定することができます。
その結果、なんと事前の予想より遥かに多い合計324種もの餌生物が同定されました。
さらに驚くべきことに、その内訳には予想通りの昆虫やクモに加え、鳥類、哺乳類、両生類、爬虫類、魚類などの脊椎動物まで含まれていたのです。
注目すべきは、すべての巣から鳥類のDNAが、またほとんどの巣から哺乳類のDNAが検出されたことです。
これは鳥や哺乳類がシダクロスズメバチにとって“補助的な餌”ではなく、重要な捕食対象となっていることを意味します。
さらに飼育巣では、与えられた鶏肉や鹿肉のDNAが多く検出されており、人が与えた餌が自然界の捕食行動の一部を代替している様子が読み取れました。
また、地域の蜂飼育者たちへのアンケート調査では、80%以上の人が「蜂が脊椎動物を捕食する場面を見たことがある」と答え、58%が「野生巣産と飼育巣産では味が違う」と感じていました。
つまり、野生と飼育では餌の違いによって味にちゃんとした違いが出ていたようなのです。
蜂の子の味は、何を食べて育ったか=どのような餌を与えられたかに影響されていると考えられます。
このことは「蜂の子」が単なる食材ではなく、里山という自然環境の“味”を反映する存在であることを物語っています。
チームは今後、季節や地域を拡大した調査を進めていく予定です。
たとえば、春や夏の捕食対象はどう変化するのか、また他の地域では何を餌としているのかを明らかにすることで、より包括的な生態理解が進むと期待されています。
参考文献
DNA解析によりスズメバチの多様な食餌の習慣が明らかに―蜂飼育者の餌選択における経験知に科学的裏付け―
https://www.okayama-u.ac.jp/tp/release/release_id1385.html
元論文
Unravelling the dietary ecology and traditional entomophagy of Vespula shidai in central Japan: insights from DNA metabarcoding and local practices
https://doi.org/10.1163/23524588-bja10201
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部