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研究チームは、キンギョソウの送粉者としてよく知られる小型の蜂(Rhodanthidium sticticum)の羽音を録音し、それを花の近く再生しました。
すると、なんとキンギョソウは蜜の糖度を上げ、分泌量も増やしていたのです。
驚くべきは、単に音の大きさに反応しているのではなく、特定の周波数やリズムに反応しているという点です。
つまり、花は「ただの雑音」ではなく、「有望な送粉者の羽音」を明確に聞き分けている可能性があるのです。
研究者たちはこの反応が、植物が送粉者をより多く、より長く惹きつけて、受粉の確率を高めるための進化的な適応であると考えています。
まさに「音でサービスを強化する」巧妙な戦略が、花の中でひっそりと機能していたというわけです。
この不思議な反応を裏付けるため、研究チームは花の内部で何が起きているのか、遺伝子レベルでの調査も行いました。
その結果、蜂の羽音を聞いたキンギョソウは、糖の輸送や蜜の生成に関わる遺伝子の発現を実際に変化させていたのです。
つまり、花はただ「音に反応している」のではなく、「音をきっかけに代謝プロセスそのものを調整している」という高度な仕組みを備えていたのです。
しかも、これは「リアルタイム」の現象です。
羽音を再生してから数分以内に、蜜の糖度や量に変化が見られたといいます。
このスピード感もまた、植物が音を「情報」として捉えていることの証といえるでしょう。
研究の背景には、花が持つとされる「バイブロアコースティック感知能力(振動音響認識能力)」という新しい視点があります。
人間でいうところの骨伝導のような仕組みで、音波や振動が花の組織を通じて伝わり、内部で化学的なシグナルが引き起こされるのです。
もしこの能力が他の植物にも存在するのだとすれば、私たちが知る「植物の感覚」は、根底から塗り替えられるかもしれません。
花の周囲でざわめく羽音や風の振動、あるいは人間の話し声すら、植物にとっては「意味のある世界のサイン」なのかもしれないのです。
私たちはこれまで、植物を「受動的」な存在として扱ってきました。
しかし今回の研究が示したのは、植物が環境に耳を澄まし、必要に応じて自らを変化させるという「能動性」です。
もし将来的に、植物が発する音や反応を利用して、送粉者の行動を操る技術が開発されれば、農作物の生産効率を音でコントロールするという夢のような応用も現実味を帯びてくるかもしれません。
参考文献
Plants can hear tiny wing flaps of pollinators
https://www.popsci.com/environment/plants-hear-pollinators/
Can plants hear their pollinators?
https://www.eurekalert.org/news-releases/1083951
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部