アメリカのカリフォルニア工科大学(Caltech)で行われた研究によって、人工知能(AI)が従来の常識を超える重力波検出器を“自律設計”し、その図面の中には人間の研究者がまだ物理的原理を説明しきれない奇抜な仕組みが盛り込まれていることが明らかになりました。

それにもかかわらず、これらのAI設計の検出器は現行の人類製のものを大きく上回る性能を示しており、宇宙で発生する重力波現象を今まで以上に捉えられる可能性を秘めています。

はたしてAIはどんな“謎トリック”で宇宙の微かなさざ波をとらえようとしているのでしょうか?

研究内容の詳細は『Physical Review X』にて発表されました。

目次

  • AIが考え人間が実験する流れが本格化してきた
  • 人類製を超えた──AI製“謎トリック”重力波望遠鏡
  • AIが設計図した人類未解読の重力波レシピ

AIが考え人間が実験する流れが本格化してきた

AIが考え人間が実験する流れが本格化してきた / Credit:clip studio . 川勝康弘

私たちが住む宇宙では、ブラックホールが衝突したり超新星が爆発したりするような、途方もなく大きなエネルギーが関わる出来事が時々起こっています。

これらの“極端な天体現象”が発生すると、時空そのものがさざ波のように揺れ動く「重力波」が生じるのです。

アインシュタインがこの重力波を理論的に予言したのは1916年。

しかし、実際に人類がこれを観測装置で直接とらえることに成功したのは、その約100年後の2015年になってからでした。

重力波の発見によって、私たちは光(電磁波)やニュートリノとは違う全く新しい角度から宇宙をのぞく手段を手に入れ、これまで見えなかった天体現象や物理現象を調べられるようになったのです。

しかし、この重力波観測は言うまでもなく非常に困難です。

なにしろ時空のわずかな「ゆらぎ」を正確に検出しなくてはなりません。

代表的な検出器であるLIGO(レーザー干渉計重力波天文台)は、4kmにもおよぶ巨大なL字型トンネル(アーム)を使ったマイケルソン干渉計を基本としており、レーザー光が干渉するパターンを注意深く観測することで、時空の変化を捉えています。

さらに、感度を高めるためにレーザー光を再循環させたり、量子光学の技術を駆使してノイズを削ったり、あらゆる工夫を凝らしてきました。

それでもなお、目標とする精度には限界があり、もっと鋭い観測を可能にする新たな設計コンセプトが長らく求められていたのです。

そうした背景の中、研究者たちが着目したのが人工知能(AI)による自動設計というアプローチでした。

ドイツのマックスプランク光科学研究所(MPL)のマリオ・クレーン博士をはじめ、LIGOに関わる研究者らが共同で進めたこの取り組みでは、重力波検出器に関わるあらゆる配置や構成、パラメータの組み合わせを仮想的に総当たりし、最適なものを探索することを狙いました。

実際のところ、考え得る選択肢の数が膨大すぎて、人間が手作業で一つひとつ可能性を検証するのは事実上不可能です。

そこで彼らは「ユラニア(Urania)」と名付けられたAIアルゴリズムを開発し、コンピュータ上で無数の検出器デザインを試しつつ、より高性能な設計を見つけ出す実験を行ったのです。

この研究の最終目標は、現行のLIGOや、将来計画されている次世代の検出器(たとえばVoyagerなど)を超える性能、つまり重力波をさらに敏感にキャッチできるまったく新しい干渉計のアイデアを発見すること。

もしそんな画期的な設計が実用化できれば、宇宙を観測できる範囲が飛躍的に広がり、これまで捉えられなかったブラックホール衝突や超新星爆発の現場をのぞけるかもしれません。

そしてそれは、天文学や基礎物理学のさらなる大発展につながる大きな一歩になるのです。

人類製を超えた──AI製“謎トリック”重力波望遠鏡

人類製を超えた──AI製“謎トリック”重力波望遠鏡 / AIから知識を授かる人類/Credit:clip studio . 川勝康弘

研究チームはまず、重力波を検出する仕組み全体をコンピュータ上で扱えるよう、「重力波検出器そのものを丸ごと数式モデルに落とし込む」という作業からスタートしました。

たとえば「鏡の反射率はどれくらいか」「ビームスプリッターをどの位置・角度で置くか」「アームは何メートル(あるいは何キロメートル)が最適か」「レーザーはどのくらいの強さで、位相はどれだけずらすべきか」など、考え得るすべての要素をパラメータとして設定できるようにしたのです。

このモデルを使って、開発したAIアルゴリズム「ユラニア(Urania)」に「ひたすら重力波をとらえる感度を高めるには?」というお題を与えました。

ユラニアは最初、パラメータの組み合わせを手当たり次第に試しては、結果(感度が上がったか、下がったか)を見て修正を繰り返します。

言わば、何十万通り・何百万通りもの配置や設定を片っ端から検証するイメージです。

この一連の探索は総計150万CPU時間にも相当する膨大な計算を要し、実際の期間にすると約2年かけてじっくり進められました。

まるで“忍耐強い研究者”が24時間ぶっ通しで実験しているようなものですが、人間とは違いAIは休まず一瞬たりとも手を止めないため、想像を絶する規模で検討を重ねられたわけです。

こうして弛まぬ探索の末に見つかったのが、50種類以上に及ぶ新しい検出器デザインでした。

しかも、そのうち多数の案が次世代のLIGO(Voyager)設計よりも高感度を示したのです。

具体的には「どれだけ遠くの重力波をキャッチできるか」という目安が10倍以上も拡張され、宇宙の体積に換算すれば約50倍もの広い範囲で重力波イベントを観測できる可能性がある、という衝撃的な結果となりました。

もし実用化できれば、「観測できる宇宙」を一気に広げる夢のようなブレイクスルーになると期待されています。

さらに興味深い点は、AIが導き出した解の中に、すでに人間が長年かけて開発してきた手法を“偶然にも再発見”したものが含まれていたことです。

たとえば「スクイーズド光」という特殊な光の使い方で量子ノイズを抑えるテクニックなどが典型例で、これはAIの回答が既存のノウハウと一致したという意味で、AIの信頼性や妥当性を裏付ける結果にもなりました。

一方で、まったく予想外の奇抜なトポロジー(光学素子の配置の仕方)もいくつも見つかりました。

中でも特筆されるのが、「L字型の干渉計を2台のレーザーで左右から同時に照射(ポンプ)する」というアイデアです。

通常のLIGO型では1つの強力なレーザーを用い、ビームスプリッターで分けて2本の腕に光を送り込みますが、AIの設計では2台のレーザーを別々に使って同等のパワーを確保しつつ、複雑な干渉効果を狙うという発想が採用されていました。

一見すると手間やコストが増えそうに思えますが、実はレーザー1台あたりの出力を抑えられる分、かえって鏡や光学系への負担を軽減できる可能性があるなど、意外なメリットも見えてきたのです。

興味深いのは、これらの「AI発見のトリック」は設計図としては人間が読めるものの、なぜそれがこんなにうまく働くのかを“教科書レベルの物理理論”に訳しきれていないという点です。

具体的には、「どの光をどう経路変更するとノイズが下がり、なぜこれほど信号が増幅されるのか?」は設計図を見れば一応わかるものの、それを人間の言葉で完璧に説明できない領域がまだ残っているのです。

研究者たちは「動作原理を理解しきるためには、さらに詳しく分解し、解析する必要がある」と述べており、この“解読作業”が今後の大きな課題の一つになっています。

なお、ユラニアがどんなふうに「ひらめき」を起こしているのかを遡ってみると、その性能向上のプロセスは必ずしもスムーズな右肩上がりではなかったといいます。

長い間ほとんど改善がない“停滞期間”があったかと思えば、ある瞬間にパラメータの組み合わせが見事にハマり、「ガツン」と感度が跳ね上がる場面が何度か観測されました。

人間でいう“アハ体験”のように、AIも突破口を見出した瞬間に急激な性能アップを遂げるのです。

これはまるで、AIが自分なりに新しい物理的発想やトリックを「発明」しているかのようにも映ります。

このように多彩な新デザインが生まれたことは、重力波研究にとって大きな可能性を示すと同時に、「では本当にどうやってそんなアイデアに到達したのか?」を人間が理解するという新たな課題も浮かび上がらせています。

とはいえ、まずは検出器として優れた感度を示すアイデアが確かに見つかったという事実が重要です。

今後、研究者たちはこれらを詳細に分析し、“作れそうなもの”から順番に小規模な実験で試し、実現性やコスト面を検討していく予定とされています。

結果次第では、私たちがまだ想像したことのない形で、重力波の観測能力が一気に進化するかもしれません。

AIが設計図した人類未解読の重力波レシピ

AIが設計図した人類未解読の重力波レシピ / Credit:clip studio . 川勝康弘

今回の成果は、AIが人間の専門家を凌駕するような新発想を生み出しうることを示しました。

それは同時に、人間がそれを理解し解釈するという新たな課題も生まれたことを意味します。

クレーン博士は「我々は今、機械が人間以上の解決策を発見し、人間がそれを理解するのが仕事となる時代に入っています。これは今後の科学において非常に顕著な役割を果たすようになるでしょう」と述べています。

まさに、人間とAIの協働によって科学を進歩させていく新時代が到来しつつあると言えるでしょう。

重力波検出器に限らず、AIによる実験設計は今後様々な分野で応用が期待されています。

研究チームは「今回の手法は他の基礎物理実験の設計にも容易に拡張できる」と述べており、例えば暗黒物質の検出器や重力の量子効果を探る実験などへの応用も視野に入れているようです。

宇宙最大の天体イベントから極微の量子現象まで、AIが最適な“観測の目”を設計し、人類がそれを使って未知の現象を解き明かすーーそんな未来が現実味を帯びてきました。

今回公開された「検出器の動物園」に集められた数々の設計は、重力波天文学コミュニティに新たなインスピレーションを与えるでしょう。

研究者たちは今後、この中から有望なアイデアを抜き出し、原理実証となる小規模な実験を行ったり、既存の重力波望遠鏡への追加改良として取り入れたりすることを検討しています。

人間には奇抜に見えた仕組みも、原理を理解し工夫を重ねることで実現可能になるかもしれません。

未知への探究と技術革新のサイクルにおいて、AIが発見した「人知を超えた設計」は、これからの科学を前進させる大きな原動力となる可能性があります。

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元論文

Digital Discovery of Interferometric Gravitational Wave Detectors
https://doi.org/10.1103/PhysRevX.15.021012

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 AIが設計した重力波検出器は人間には理解しきれない仕組みがあったと判明