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星はガス雲が自らの重力でつぶれるときに誕生しますが、その雲にわずかなゆがみや渦があると、中心は一つではなく二つに「裂け」ることがあります。
こうして生まれた双子の原始星は、お互いをぐるぐる回りながら成長し、やがて連星となります。
連星の公転がほぼ円なら、周囲のガス円盤は平らに広がって惑星が同じ平面を回りやすいのですが、角運動量が追加で流れ込むと楕円軌道に引き伸ばされます。
楕円になると連星からの重力の凹凸が大きくなり、同じ平面の軌道はコブだらけになって安定を失います。
一方、連星の近日点を指す離心率ベクトルに対して垂直な方向には、時間平均で重力ポテンシャルが滑らかになる“安定ポケット”が生じると数値計算で示されています。
そこへ連星のトルクにあおられ円盤が“起き上がり”、最終的に90°の極軌道で惑星が固定されるのです。
この首振り現象(ノーダル・ライブラション)は、円盤が倒れ込むよりもエネルギー的に有利な逃げ道で、立ち上がったあとは連星面に平行な軌道より長期的に安定することが示されています。
ただしこの安定ポケットにいる惑星は、星の面をかすめることも星を揺さぶることも少なく、光や速度変化では見つかりにくい“重力の忍者”です。
そこで鍵になるのが連星自身の軌道のわずかな歳差運動です。
楕円軌道の方向が時間とともにゆっくり回る様子は、同じ平面にある伴星なら進行方向へ、直交方向にいる伴星なら逆向きへとねじられます。
つまり歳差の“回転方向”を測れば、見えない惑星がどこから連星を引っ張っているかを解読できるわけです。
若い褐色矮星連星2M1510 ABは、質量が太陽の3%しかない小さな双子でありながら離心率0.36の大きな楕円軌道を描いています。
光の弱い褐色矮星で極軌道候補を検証できる環境はめったに手に入りません。
そこで今回研究者たちは、この暗い双子の歳差運動を6年間の高精度ドップラー分光観測で測定し、逆向きのねじれから隠れた極軌道惑星を動的にあぶり出すことにしました。
すると双子が描く楕円ダンスフロア全体が、二人と一緒にゆっくり逆回転している微妙なズレが見つかりました。
時計の秒針がほんのわずか逆走するような不自然さで、普通の物理法則では説明がつきません。
「これは真横からゴムひもを引っぱる“第三のダンサー”がいるはずだ」とにらんだチームは、コンピュータ内に10万通りの仮想ダンサーを放り込み、誰がどの位置で何キロの力で引っぱれば秒針の逆走が起きるかを総当たりで探しました。
残ったのは、地球の10~100倍ほどの重さをもち、双子が回るリングを直角に横切る“十字コース”で躍るダンサーだけでした。
しかもこのダンサー自身は静かに滑っているので、直接の揺れや影はほとんど残さず、連星フロアのねじれ方だけが唯一の目印でした。
こうして「連星も暗い、惑星も横向き」というダブルで珍しい組み合わせが、星のささやき声から初めて姿を現したのです。
今回の“真横回り”の惑星候補が教えてくれる最大の驚きは、「世の中の連星は“平べったい机”の上だけで遊んでいるわけではなかった」という事実です。
二つの星が円ではなく楕円を描いて回ると、その重力場は皿を横からぎゅっとつぶしたようにゆがみ、星の公転面と同じ高さを走る軌道はコブだらけの道になります。
ところが思い切って垂直方向──ちょうどエリマキトカゲが首を立てて走るような角度──へレールを乗り換えると、重力の“出っ張り”と“へこみ”が平均化され、長いあいだ安定して走れる「空中バイパス」が現れます。
数値計算の世界では「極軌道はむしろ安全地帯」という結論が十年以上前から示されていましたが、本当にそうした軌道に惑星が褐色矮星の2連星に存在している様子を捕まえたのは今回が初めてです。
しかも主役は太陽よりもはるかに暗い褐色矮星どうしでした。
材料(ガスや塵)が乏しいと思われがちな小さな星のまわりでも、円盤は連星トルクにあおられて“起き上がり”、そこから惑星をこっそり育てられると分かったわけです。
もしこの連星が将来ゆっくり合体すれば、極軌道の惑星は“母星が一人になった”あとも斜めコースを維持します。
それは単独星で見つかる巨大ガス惑星の正体を説明する新しいシナリオ──つまり「昔は連星だった名残かもしれない」という、ちょっとした宇宙の身の上話を示唆します。
もっとも今のところ“犯人像”にはまだ幅があります。
質量はスーパーアース級から土星級まで、軌道周期も100~400日とレンジが広くなっています。
その絞り込みに効くのが食のタイミング変化(Eclipse Timing Variations: ETV)と高精度アストロメトリです。
1分単位の時計で2年分の連星食を測れば、惑星が連星を揺さぶるタイミングのズレが数分オーダーで見えて質量が一気に特定できるはずです。
さらにVLT/FORS2で50 μas(人間の視力で月面の絶壁を見るような精度)の揺れを検出できれば、土星質量クラスの重さまで手が届きます。
もちろん歳差そのものをあと数年追跡する手もあります。
逆回転の速さが半分の誤差で測れれば、動的モデルはさらに鋭くなり、惑星の“横顔”もはっきり浮き上がるでしょう。
元論文
Evidence for a polar circumbinary exoplanet orbiting a pair of eclipsing brown dwarfs
https://doi.org/10.1126/sciadv.adu0627
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部