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その一方で、膨大すぎるニューロンやシナプスの多さから、脳の配線図が完全に把握されたことはありません。
1979年に、著名な分子生物学者のフランシス・クリックは「脳組織1立方ミリメートルの配線図さえ、正確に描くことは不可能だ」と述べました。
しかし数十年の時を経て、クリックが不可能といったことが、可能なものとして現実になろうとしています。
研究チームは今回、わずか1立方ミリメートルのマウスの視覚皮質を対象とし、その配線図を可視化する壮大な試みに挑みました。
この視覚皮質は実に砂粒ほどのサイズしかありません。
この取り組みは、米国政府の高等研究機関IARPA(Intelligence Advanced Research Projects Activity)の支援を受けて進められた「MICrONSプロジェクト」の一環です。
研究チームはまず、特殊な顕微鏡を使ってマウスが動画やYouTubeクリップを視聴している際の脳活動を記録しました。
その一つとして、映画『マトリックス』も見せたといいます。
次にアレン研究所が、その1立方ミリメートルの脳組織をヒトの毛髪の400分の1という薄さで2万5000枚以上にスライス。
電子顕微鏡で各スライスの超高解像度画像を撮影し、それをもとに人工知能(AI)と機械学習を駆使して3Dモデルとして再構築しました。
こうして得られた膨大なデータセットの総容量は1.6ペタバイトに及んでいます。
これは例えるなら「HD映像を毎日24時間、約22年間連続で再生し続けられるデータ量に匹敵する」といいます。
その結果、再構築されたマウスの視覚皮質を見ると、ほんの砂粒ほどの中に、約8万4000個のニューロン、5億2300万個のシナプス、そして全長5.4キロメートルにおよぶ神経配線が詰まっていることが明らかになったのです。
これほどまで詳細に脳の配線図を可視化したのは初めてだといいます。
今回のような取り組みは、私たちの脳の構造やその働きの秘密を明らかにする上で、重要な手がかりを与えてくれるものです。
これらの知見をもとに思考や感情の発生プロセスを解明するのみならず、アルツハイマー病、パーキンソン病、自閉症、統合失調症など神経疾患の理解にもつながる可能性があるとチームは話しています。
かつて「不可能」とされた挑戦がついに一歩現実に近づいた今、これから先に広がっているのは、人類がまだ知らない脳の新たな風景かもしれません。
参考文献
Scientists complete largest wiring diagram and functional map of the brain to date
https://medicalxpress.com/news/2025-04-scientists-largest-wiring-diagram-functional.html
US scientists create most comprehensive circuit diagram of mammalian brain
https://www.theguardian.com/science/2025/apr/09/us-scientists-create-most-comprehensive-circuit-diagram-of-mammalian-brain
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部