150年以上前、チャールズ・ダーウィンが「自然選択」という新しい概念を打ち立てたとき、人々は生物が環境に合わせて姿を変え続けることに大いに驚きました。

ところが、アメリカのミシガン大学(University of Michigan)による研究によって、進化自体がさらに「進化しやすくなる」――つまり「進化が進化する」という現象が示されました。

どういうことかというと、環境が特定のパターンで変わり続けると、生物(あるいはデジタル実験で使われる仮想の“生物もどき”)は、ただ単に今の環境に合わせるだけでなく、将来の変化にも即応できるよう自分自身の「進化しやすさ」を高めていくというのです。

一部のウイルスや細菌が驚くほど素早く薬剤耐性を獲得する背景にも、こうした仕組みが隠されている可能性があります。

まるで“進化”そのものが長い時間をかけて柔軟な対応力を身につけているかのようですが、いったいどのようにして進化は自らを進化させているのでしょうか。

研究内容の詳細は『PNAS』にて発表されました。

目次

  • 進化の速度「進化可能性」が注目されている
  • 進化自体が進化するメカニズム
  • 進化が進化するという視点

進化の速度「進化可能性」が注目されている

最新研究で「進化自体が進化」することがあると判明 / Credit:Canva

ダーウィンが『種の起源』を発表した19世紀後半、自然界に存在する多様な生き物たちが、神による創造ではなく「自然選択」というしくみによって形づくられてきたという考え方は、社会に大きな衝撃を与えました。

自然選択とは、生き物が子孫を残す過程でわずかな違い(変異)が生じ、その中で環境に合った特徴を持つ個体が生き延びやすく、やがて集団全体がそうした特徴をもつように変化していくという仕組みです。

これは当時の常識から見ると極めて斬新でしたが、その後、メンデルの「遺伝の法則」が再発見されて「変異」が遺伝子を通じて親から子へ受け継がれることが明らかになりました。

さらに20世紀にはDNAが遺伝情報の実体であるとわかり、分子生物学が進化論と結びつくことで「モダン・シンセシス(現代的総合説)」が確立され、突然変異や遺伝的浮動、遺伝子の流入・流出など、複数の要因が組み合わさる進化の枠組みが整備されてきました。

ところが近年、そうした「どうやって進化するか」だけでなく、「進化そのものがどれくらい起こりやすいか」という“進化可能性(Evolvability)”の重要性が注目を集めています。

実際、ウイルスや細菌が薬剤耐性を獲得するスピードの速さを思い浮かべると、ごくわずかな変化が驚くほど速やかに集団へ広がってしまう現象の背景に、「進化可能性」が深く関わっていると考えられています。

長い進化の歴史の中で、環境が何度も大きく揺らいだり短期間で変わったりした場合、進化というプロセス自体が「将来の変動に備える形」に変化していく可能性が指摘され、まさにそれが「進化が進化する」というテーマの核心となっています。

進化自体が進化するメカニズム

最新研究で「進化自体が進化」することがあると判明 / Credit:Canva

今回の研究で使われたのは、Avidaと呼ばれるデジタル進化のプラットフォームです。

これは、小さなコンピュータプログラム(“デジタル生物”)が自分自身を複製し、その際にランダムな“突然変異”を起こしながら増えていく仕組みを再現したものです。

たとえばバクテリアが培地の中で繁殖しながら進化していく様子に似ていますが、コンピュータ上では時間を大幅に短縮でき、研究者が環境条件を自由に設定して何万世代にも及ぶ進化を観察できます。

研究チームはこのAvidaを用いて、環境Aと環境Bという対照的な条件を交互に繰り返し与える設定を作りました。

論文では、特定の論理タスクを行うと“報酬”が得られる一方、逆のタスクを行うと“ペナルティ”を受けるといった仕組みを設定していますが、本記事では理解を助ける比喩として「青いベリーが有利な環境A」「赤いベリーが有利な環境B」というイメージを用いて説明しています。

実際の研究がベリーを扱ったわけではない点に注意が必要ですが、要は一方が“プラス”で一方が“マイナス”になる環境を交互に与え、その切り替えの速さやパターンを複数用意したのです。

そうすると、環境が中くらいの頻度で切り替わるシナリオにおいて、デジタル生物たちの「進化しやすさ」がとくに高まることがわかりました。

どちらの環境に変化してもスムーズに適応できるような形質が集団に備わったり、突然変異率がほどよく高い状態を維持し続けたりする現象が確認され、一方で環境が極端に速く変わったり、逆にほとんど変わらなかったりする場合には、進化しやすさを大きく高めることが難しかったのです。

さらに興味深いのは、一度高まった進化可能性が、その後の世代を経てもそう簡単には失われないという点です。

これは、生物(デジタル生物も含む)が「今の環境への適応」と同時に「次の変化に備えておく」しくみを維持することで、結果的に“進化が進化を助ける”ような構図が成り立つからだと考えられます。

以上の結果から、進化が進化する、つまり「進化しやすさが進化する」という仕組みを理解する鍵は、二つの異なる進化の経路が同時に働くことであることがわかってきました。

まず一つ目の経路は、突然変異率を上げる、いわゆる“くじ引きの回数”を増やす戦略です。

多くの突然変異はハズレですが、まれに現れる“大当たり”を引く確率を高めれば、環境がガラッと変わったときに有利に立てる可能性が上がります。

もちろん突然変異率があまりに高すぎると有害変異も増えますが、環境がコロコロ変わる状態では、“当たり”の恩恵がハズレのリスクを上回ることがあるのです。

もう一つの経路は、遺伝情報の“境界”にとどまり、小さな変異で別の適応形質に切り替えやすいような場所に居座るというものです。

これは「境界をサーフィンする」ようなイメージで、今の環境と将来の環境の両方に適応しやすい遺伝子配置をキープしておくことで、環境が切り替わった際にも素早く乗り換えられます。

研究チームによると、この二つの経路(突然変異率の上昇と境界サーフィン)が同時に機能するのは、とくに中くらいのペースで環境が変わる状況とのこと。

激しすぎる変化ではどちらの戦略も追いつかず、逆にほとんど変化しなければ高い変異率を維持するメリットが薄れます。

結果的に「環境が程よく繰り返し変化する」状態こそが、進化が進化しやすさを磨く最適なレッスンになるというわけです。

たとえば沼地が定期的に乾いたり水没したりする環境にいる生命では、適度に水がある沼地状態と水が不足する乾燥状態、そして水没する状態に対応する多様な遺伝子を蓄積するようになります。

実際にDNAが学習するわけではありませんが、結果的には遺伝子に進化を促す情報が蓄積されていくことになります。

進化が進化するという視点

多様な生命が存在するのは地球環境が程よい過酷さを提供してくれたからかもしれません / Credit:理化学研究所

今回の研究から得られる最大のポイントは、環境がある程度のパターンで変わり続けると、生物は「今の環境への適応」だけでなく「未来の環境へ備える力」を同時に発達させる可能性があるという点です。

ウイルスや細菌が薬やワクチンへの耐性を獲得する事例とも重なる部分があるかもしれません。

人間が投与タイミングを一定のリズムで行っていると、それに合わせて病原体のほうが“次の形質”を得やすい状態を保ち、結果的に耐性を強化してしまう危険性も指摘されています。

一方で、今回の実験はデジタル進化という仮想世界で行われたものであり、現実の生物は交配や多細胞性、社会的な相互作用など、より複雑なメカニズムを含んでいます。

しかし、突然変異と自然選択という基本原理は共通しており、長期的かつ大規模な世代交代を圧縮して観察できるデジタル実験には大きなメリットがあります。

将来的には、なぜ特定の生物やウイルスは爆発的なスピードで変異を起こし、他の生物はそうならないのか、といった疑問や、地球規模で進む急激な環境変動が生物の進化可能性の限界を超えつつあるかもしれないというシナリオも考慮されるでしょう。

もし変化があまりに急激で過酷なら、生物がいくら「進化しやすさ」を身につけようとしても間に合わない可能性があるのです。

そうした現実の問題に向き合うにあっても、「進化が自らの進化を促進する」仕組みを理解しておくことは意義深く、例えば害虫や病原体の進化を抑える手段を考えたり、新たな機能や特性を生み出す進化的アルゴリズムをより洗練させたりといった応用も期待できます。

最終的に、この研究は「生物の進化はゴールのない単純な競争ではなく、“伸びしろ”そのものを発達させられる柔軟なプロセスである」という示唆をもたらしているのです。

まさに「進化が進化する」という考え方が、私たちの進化論にも新たな地平を開いていると言えるでしょう。

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元論文

Evolution takes multiple paths to evolvability when facing environmental change
https://doi.org/10.1073/pnas.2413930121

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 最新研究で「進化自体が進化」することがあると判明