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子どもは日々、家族や友だち、先生など、さまざまな大人や同年代の仲間と接するなかで、相手の表情やしぐさに敏感に反応しています。
たとえば、親がにこやかに「おかえり」と迎えてくれると、子どもは安心感を抱きやすくなる一方で、もし親が怒り顔やピリピリした表情をしていれば、その日の出来事を話しにくく感じるかもしれません。
こうした「表情を読み取る能力」は、自分の気持ちを伝えたり相手と気持ちを通わせたりするうえで、大人以上に子ども時代からとても大切な役割を果たしているのです。
しかし、子どもによっては「笑顔を素直に受け取れない」「怒った顔を過度に恐れてしまう」といった違いが見られます。
これまでの研究では、恐怖や怒りなどのネガティブな表情については、不安が強い子どもほど敏感に感じとる傾向があると報告されてきました。
一方で、私たちが日常で意外と見落としがちな「幸せそうな表情」が子どもの発達やメンタルヘルスに及ぼす影響については、まだ十分に明らかになっていません。
たとえば、笑顔あふれる場面でも「どうしてあの子はうれしそうに反応しないのだろう」と不思議に思ったり、逆に「ポジティブな雰囲気を過剰に頼りすぎているのではないか」といったケースを経験したことがある方も少なくないでしょう。
今回の研究では、子どもの社会性がより深まる思春期前後に注目し、脳科学的な手法を用いて「幸せそうな表情」を受け取るときに、どのような個人差が生じるのかを探っています。
特に、不安を抱えやすい子とそうでない子ではどんな差があるのか、そして男女の違いもそこに影響を及ぼすのかを詳細に調べることが目的です。
研究には、6歳から15歳の191人の子どもたちが参加しました。
まず、親が記入する不安レベルの評価アンケート(BASC-3)をもとに、それぞれの子どもの不安度を数値化しました。
その後、子どもたちはfMRI(機能的MRI)を用いた実験に参加し、「怒っている顔」「幸せな顔」「中立の顔」の3種類の写真を見せられました。
興味深いのは、単に表情を判断させるのではなく、「この顔は男性か女性か?」と質問しながら脳の自然な反応を測定した点です。
脳の反応から見えた「男女差」
脳の活動を分析した結果、怒っている顔を見たときには、「紡錘状回(ふくすいじょうかい)」と呼ばれる顔認識の領域が特に活発に働いていました。
これは、怒りの表情が子どもにとって注意を引きやすい刺激であることを示しています。
しかし、「幸せな顔」を見たときには、不安のレベルによって脳の反応が男女で正反対の動きを示しました。
つまり、不安が強い子どもたちの中でも、女の子はポジティブな刺激をキャッチしにくく、男の子は逆に敏感に取り入れやすい という特徴が浮かび上がったのです。
(※また、感情の処理に関わる「扁桃体(へんとうたい)」の活動には顕著な差が見られず、これも今後の研究課題になりそうです。)
ではこの脳活動の違いは何を意味するのでしょうか?
不安が高い女の子でポジティブな表情への反応が弱まる現象は、「自分の心配ごとに意識が向きすぎて、周りのうれしそうな雰囲気や表情を十分キャッチできなくなる」可能性を示唆しています。
逆に、不安が高い男の子が幸せな表情を見たときに脳が強く反応するのは、「不安な気持ちを和らげようとポジティブな刺激を積極的に取り入れようとする」働きかもしれません。
つまり、同じ「幸せな顔」を見ても、不安の強さと性別によって脳の感じ方が大きく変わるのです。
また、怒り顔を見たときに顔認識領域が強く反応していたことから、子どもたちは危険や脅威を察知する能力を本能的に持っていることも確認されました。
こうした知見は、教育や日常生活の場面でも応用が期待されます。
たとえば、男の子の場合はポジティブな表情に救いや励ましを見いだしやすいかもしれませんが、女の子ではどれだけ周囲が明るい雰囲気を示しても、それが十分な安心感や元気づけにつながらないこともあるということです。
もし親や教師が「明るく接しているのに、娘や生徒があまり反応を示さない」と感じているならば、それは本人の不安の強さが関係している可能性を視野に入れ、より丁寧なコミュニケーションや専門家の相談を検討してもよいかもしれません。
一方で、不安を抱えた男の子は、ポジティブな表情や言葉かけによる支援を比較的受け取りやすいかもしれず、具体的な励ましや称賛、あるいは一緒に楽しい時間を過ごすことが、安心や自信につながる可能性が高いでしょう。
こうした研究が進めば、子ども一人ひとりの心の状態や性別に合わせた教育・支援プログラムを作るうえで、より具体的な指針を得られるでしょう。
元論文
Anxiety symptoms are differentially associated with facial expression processing in boys and girls
https://doi.org/10.1093/scan/nsae085
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部