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たとえば、人間同士の会話中に相手がまばたきをすると、それにつられるように自分もまばたきしてしまうことがありますね。
イタリアのパルマ大学(UNIPR)で行われた研究により、犬にも同様の「まばたきの同期」現象が見られる可能性が示唆されています。
私たちはふだん、犬がしっぽを振ったり鼻をなめたりといった動作を通じて感情や意思を伝えていると考えがちですが、実はほんの一瞬のまばたきこそが「安心しているよ」「敵意はないよ」というシグナルになっているのかもしれません。
いわば“目を使った小さなコミュニケーション”が、犬同士の間で穏やかな関係を築く大事な要素だとしたらどうでしょう。
今回紹介する研究は、そんな犬の微妙な表情世界をのぞき込み、私たちの「犬って実はこんなふうに意思疎通しているのかも?」という想像を大きく膨らませてくれるものです。
研究内容の詳細は2025年2月19日『Royal Society Open Science』にて公開されました。
目次
もしあなたが犬を飼っているなら、愛犬の目をじっと見つめ合うときに、向こうから小さなまばたきを返してくれた経験はありませんか?
あるいはドッグランで他の犬と向かい合っているとき、妙にタイミングを合わせるように互いに目をしばたたく姿を見たことがあるかもしれません。
実は人間の世界では、まばたきは単なる「目の乾燥を防ぎ異物を排除するだけの生理現象」にはとどまらないという見方が近年広がっています。
ヒトや一部の霊長類において、相手がまばたきをすると自分も同じようにまばたきをしてしまう“同期現象”が報告されており、これはコミュニケーション手段の一つと考えられています。
ちょっとした目の動きが、実は「リラックスしよう」「仲良くしているよ」という雰囲気づくりに大きく貢献しているかもしれない――そう考えると意外に奥が深いですよね。
一方、犬の世界でも、あくびの伝染や“遊びに誘う顔”の模倣などを通じた「表情模倣」がさまざまな研究で示されており、相手の動作を真似することで緊張を和らげたり、遊びのルールを共有したりするとも言われています。
ただ、「まばたき」に関して同じように犬が“同期”したり“真似”したりするのかどうかは、これまで大きく取り上げられてきませんでした。
そこで今回の研究では、犬がほかの犬のまばたきを見たときに、自分のまばたきを増やすかどうかを本格的に検証することにしました。
もしヒトや霊長類と同じように“まばたきの同期”が確認されれば、犬は“まばたき”というわずかな動作を通じて「敵意はないよ」「ここは安心して大丈夫」というメッセージを送り合っているかもしれません。
普段は見過ごされがちな犬のまばたきが、実は犬同士の関係づくりや衝突を回避するための、とても重要なシグナルである可能性があるのです。
今回の研究では、まずテリア、コッカー・スパニエル、ボーダーコリーという3頭の“俳優犬”をモデルにし、それぞれが数秒おきにまばたきをする動画、鼻をなめる動画、そして何もせず静止している動画の合計3パターンを撮影いたしました。
いずれの動画も、短いクリップを編集し、犬がカメラ目線になるよう工夫したうえで、まばたきや鼻なめといった行動を明確に捉えられるようにしております。
次に、こうして作成された「まばたき動画」「鼻なめ動画」「コントロール動画」の3種類を、さまざまな犬種・年齢から集めた54頭の成犬にランダムな順番で見せ、その様子を観察いたしました。
観察の際には、犬のまばたきや鼻なめの回数、白目を見せる動作、姿勢の変化などの行動指標だけでなく、心拍数や心拍変動といった生理指標も記録し、各動画を視聴する際にどのような反応が起こるかを調べました。
ただし、なかには映像に興味を示さず居眠りしてしまう犬もあったため、最終的には起きていた犬のデータを中心に解析を進めました。
すると、最も顕著に現れたのは、他の犬がまばたきする映像を見ているときに自分のまばたきの頻度が増えるという結果でした。
特に、鼻なめ動画との比較では、まばたき頻度が統計的に有意な形で増加し、具体的には約16%ほど増える傾向が確認されました。
一方、鼻なめ映像を見たときには自分の鼻なめが顕著に増えるわけではなく、白目を見せる動きが若干増えるケースが見られましたが、それがストレスや不安を直接示すとは限らないことも分かりました。
さらに、心拍数や心拍変動に大きな乱れはなく、犬たちが比較的リラックスした状態で映像を見ていたことが推測されます。
つまり、今回の実験結果は、強いストレスによるものではなく、あくまでコミュニケーション的な要因として、犬が相手のまばたきを“まね”している可能性を示していると言えるでしょう。
今回の結果からは、犬が他の犬のまばたきを見るときに自分もまばたきを増やすという“模倣”あるいは“同期”が起こり得ることが示唆されます。
ヒトや霊長類で報告されている、「相手のまばたきにつられて自分もまばたきしてしまう」同期現象とよく似たパターンです。
こうした動きは、「敵意がない」「安心して大丈夫」というシグナルを暗黙のうちに交わし合う効果があるのではないか、と研究チームは考えています。
無意識的な行動であるとしても、その結果、互いに心地よい関係をつくる一助になっている可能性があるのです。
一方、鼻なめは犬同士のコミュニケーションで頻繁に登場する行動ですが、本研究では他の犬の鼻なめを見ても自分も鼻をなめする頻度が顕著に増えるわけではありませんでした。
ただし、犬が白目を見せる頻度や耳の位置など、他のサインとの関連も複雑に絡むため、「鼻なめ=ストレス」のように単純には結びつけられないケースも多いようです。
研究チームによれば、鼻なめがどんな状況・相手・感情で出やすいのかについては、今後のさらなる研究で解明が期待されます。
大きなストレス要因がない状態で起こる“まばたきの同期”は、犬同士のグループ内コミュニケーションや、飼い主とのやり取りを理解するうえでも重要なヒントになりそうです。
今後は、犬同士が実際に対面している状況でどのようにまばたきを返し合うのか、あるいは、どの程度のタイムラグで相手のまばたきに呼応するのかなど、より詳細な観察が進められるでしょう。
こうした研究を通じて、犬がもつ表情のレパートリーの奥深さや、まばたき以外の微妙なサインの連動性がますます浮き彫りになりそうです。
研究の著者の一人は「意図的に相手のまばたきをまねしているというより、犬自身も気づかないうちにこうした反応をしている可能性が高い。それでも結果的に安心感や良好な関係を生むならば、まばたきという小さな動作が犬同士にとって大きな意味をもつかもしれない」とコメントしています。
飼い主や犬好きのみなさんも、ふとワンちゃんのまばたきのタイミングを意識してみると、意外と「君も今まばたきしたね」「あれ、なんだかシンクロしてるかも?」といった瞬間に気づくかもしれません。
犬が潜在的に持っているコミュニケーション能力を思うと、ますますその奥深さに驚かされるばかりです。
もし次に愛犬のまばたきを見たら、「こんな小さなサインをとおして、僕たちの仲を深めようとしているのかも」と想像してみるのも面白いのではないでしょうか。
元論文
If you blink at me, I’ll blink back. Domestic dogs’ feedback to conspecific visual cues
https://doi.org/10.1098/rsos.241703
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部