私たちがいま知る遺伝コード(DNAやRNAに基づく生命の設計図)は、地球上のすべての生物が(バクテリアからヒトまで)ほぼ共通して使っているものです。

しかし、このコードは最初から完成されたものだったのか?

そんな問いに対して、アメリカのアリゾナ大学(UArizona)で行われた研究は「実は私たちのコードより前に、別の“絶滅したコード”が存在した可能性がある」と示唆する驚愕の結果が示されました。

研究チームは初期の生命が使っていたアミノ酸の“歴史的足跡”を徹底的に調べ、その結果、いまの私たちのコードよりも先に存在した、別の“絶滅した遺伝コード”があったと考えざるを得ない状況を発見したのです。

もしそれが事実ならば、私たちが「当たり前」と信じてきた生命の設計図は、単なる最終勝者にすぎず、太古の地球には複数の異なる遺伝コードが競い合っていた可能性があるのです。

いったいDNA以前の生命に何が起きていたのでしょうか?

研究内容の詳細は『PNAS』にて公開されています。

目次

  • なぜ「DNAより前のコード」を疑うのか?
  • 共通先祖以前に生まれたタンパク質を探る
  • DNA以前に存在した“絶滅コード”の痕跡

なぜ「DNAより前のコード」を疑うのか?

DNA以前の絶滅した遺伝コードの痕跡を発見:私たちDNA組は2番手だった / LUCAからはDNAを使った世界と考えられています/Credit:Sawsan Wehbi et al . PNAS (2024)

従来の“定説”では、初期の地球環境下で合成しやすかった小型アミノ酸(グリシン、アラニンなど)が先に遺伝コードに組み込まれ、硫黄を含むシステインやメチオニンなどは後に追加されたと考えられてきました。

その背景には、1952年に行われた有名なユーリー・ミラー実験があります。

硫黄を加えなかった条件で行われたため、硫黄含有アミノ酸が発生しなかった――この結果から「硫黄系は後発」というイメージが長年支配していたのです。

ところが、新たな研究では「初期の生命には、実際には硫黄が豊富な環境下で合成・利用できる条件があり、金属結合や硫黄代謝に重要なアミノ酸(システイン、メチオニン、ヒスチジンなど)は思ったより早い段階で使われていた」と示唆されました。

従来、この“アミノ酸がコードに加わった順番”を推定する方法としては、トリフォノフ(Trifonov)による40種類の異なる指標を統合した「コンセンサス・ランキング」が広く参照されてきました。

しかし著者たちは「いくつかの指標は、初期地球での“非生物学的な(アビオティック)”存在量を根拠にしているが、実際の“生物学的な(バイオティック)”利用量とは必ずしも一致しない」と指摘。

むしろ“後から進化してきたかに見えるアミノ酸”も、実は既存の細胞が持つ酵素や代謝を使って合成・利用していた可能性があるのではないか、と考えたのです。

共通先祖以前に生まれたタンパク質を探る

DNA以前の絶滅した遺伝コードの痕跡を発見:私たちDNA組は2番手だった / LUCA はより小さなアミノ酸に富んでおり、単一コピーの LUCA と複数コピーの pre-LUCA 配列の間には微妙な違いがある。この図はLUCA(最後の普遍的共通祖先)やそれ以前(pre-LUCA)のタンパク質ドメインが、アミノ酸をどの程度利用していたかを、古い時期の post-LUCA ドメインとの比較で示したものです。
まず、小型アミノ酸(グリシンやアラニンなど)が LUCA の段階で相対的に豊富に使われていたことが分かり、これは「より軽い(分子量の小さい)アミノ酸ほど早くコードに組み込まれた」という結論を補強します。
一方、従来は後期に追加されたと考えられていたシステインやメチオニン、ヒスチジンなどが、実際には意外にも早い段階で利用されていたことも示唆されました。
また、グルタミン(Q)が 19 番目付近で追加されたと推定されるなど、これまでの「コンセンサス・ランキング」とは異なる再配置が見られる点も特徴です。
さらに、LUCA より古い段階のドメイン(pre-LUCA)では芳香族アミノ酸(トリプトファンやフェニルアラニンなど)の頻度が高いという興味深い結果も得られ、全体として「遺伝コードがどの順序で拡張されていったか」を再検討するうえで重要なグラフになっています。/Credit:Sawsan Wehbi et al . PNAS (2024)

研究チームは、新しい視点として「タンパク質全体」ではなく「タンパク質ドメイン」(折りたたみや機能の単位)に注目しました。

そこでまずタンパク質の情報を収めたデータベースから、原核生物(細菌・古細菌)全体にわたって解析し、どのドメインがどの系統樹のどの位置で分岐していったかを追跡。

そのうえで、Archaea(古細菌)とBacteria(細菌)が分かれる前の祖先、すなわちLUCA(Last Universal Common Ancestor)の段階から存在していたドメインを選別しました。

これらの古いドメインをもつタンパク質を集めることで、LUCA時代のアミノ酸利用の傾向を解析。

さらに、それらをやや後期のドメイン(「post-LUCA」)と比較することで、「古い時代ほどどのアミノ酸が少ない・あるいは多かったか」を推定したのです。

結果として、LUCA由来のドメインは小さなアミノ酸を特に多く含み、一方で大きなアミノ酸は後から追加された可能性が高いことが示されました。

とくに、システインやメチオニン、ヒスチジンといった金属結合や硫黄系代謝に直結するアミノ酸は、従来のコンセンサスよりもかなり早い段階で組み込まれていた形跡が見られたのです。

これまでの研究でもグリシン(G)、アラニン(A)、バリン(V)、イソロイシン(I)、トレオニン(T)などは従来も“早期”に加わったとされていましたが、今回の解析でより強い裏付けが得られた形です。

もし遺伝コードとアミノ酸の対応が最初から完成されたものであった場合、このような時間のずれが起こることはあり得ません。

一方、グルタミン(Q)などは、非常に遅い段階(19番目)で追加された可能性が高いことが示唆されました。

これは従来の推定と大きく異なるポイントです。

特に衝撃的だったのは、メチオニン(M)、システイン(C)、ヒスチジン(H)といった、金属結合や硫黄を含むアミノ酸が“意外にも早期”にコードへ組み込まれていた可能性が示されたことです。

先述のように、ユーリー・ミラー実験などの影響で「硫黄含有アミノ酸は後期に追加された」という見方が有力でした。

しかし、実は原始地球は硫黄(S)に富んだ環境だった可能性が高く、実験条件が実際の古代環境を十分に再現していなかったのではないかという指摘が近年出ています。

ヒスチジン(H)についても、「アミノ酸としての生合成は難しいので遅い」と考えられてきましたが、細胞内で合成経路が発達していれば早くから利用可能だったかもしれない、というわけです。

この点は金属イオン結合に注目すると納得がいきます。

ヒスチジンやシステインは金属イオン(鉄、亜鉛、銅など)を巧みに扱い、酵素反応に不可欠な役割を果たします。

「金属を活用した酵素機能が初期生命においてすでに重要だった」という証拠が増えていることからも、金属結合アミノ酸が後期ではなくより早く追加されていたのはむしろ自然な解釈と言えるでしょう。

さらに分析を深掘りすると、LUCAよりもさらに前から存在した(=もっと古い)系統に属するドメインでは、トリプトファン(W)、チロシン(Y)、フェニルアラニン(F)、ヒスチジン(H)といった芳香族リング構造をもつアミノ酸の使用率が高いことがわかりました。

従来、トリプトファン(W)は「20種類のアミノ酸の中で最後に追加された」と考えられてきました。

ところが、今回の結果ではLUCAどころか「pre-LUCA」と分類される、より古い段階のドメインにWがしっかり含まれているのです。

この事実は、「まだ現在の遺伝コードが完成していない段階の生命体が、なんらかの方法でWを利用していた」と考えざるを得ない、非常に興味深い状況を示唆します。

著者たちは、「異なる環境や異なるコード」を持つ古代生物が同時期に存在し、最終的に“標準コード”へ収束した可能性を提起しています。

すなわち、現在の遺伝コードは「複数あった古代コードの中で勝ち残ったもの」ともいえるのです。

DNA以前に存在した“絶滅コード”の痕跡

DNA以前の絶滅した遺伝コードの痕跡を発見:私たちDNA組は2番手だった / Credit:Canva

今回の分析では、「一部の非常に古いタンパク質ドメイン(pre-LUCAドメイン)は、そもそも現在のコードが揃う前から存在していた」と結論づけられます。

もしそうだとすれば、それらの配列は別の翻訳機構、あるいは別の遺伝コードで合成されていたかもしれません。

いわゆる「DNA/RNAと20種類のアミノ酸」という枠組みが確立する以前の段階の世界が、本当にあったのではないか、というわけです。

これは、「他のコードがすべて絶滅し、現在のコードが唯一生き残った」という進化史のシナリオを強く裏付けるものです。

この絶滅したコードについて、いまのアミノ酸セットとは違う組み合わせ、あるいはノルバリンやノルロイシンなどの非標準アミノ酸を使うものが一時期存在した可能性もあると論文では言及されています。

しかし絶滅といっても、完全に途絶えたわけではありません。

研究では、絶滅したと言われているネアンデルタール人の遺伝子が人類の遺伝子に含まれるように、遺伝コード体系が異なる初期生命の間でも何らかの交換があった可能性が指摘されています。

つまり「遺伝コードは一度に完成した」よりも「段階的に拡張された」のであり、最初に複数のコードが同時に存在し、互いに競合しつつ集約されたかもしれないのです。

その際、異なるコードを使う生物同士で遺伝子をやり取り(水平伝播)する際、コードが一致しなければ不利です。

初期の過酷な地球環境で生き残るには、お互いの遺伝子の融通がスムーズなほうが利点があります。

そのため最終的に「より広く使われたコード」に集約されていった――こうした仮説は、先行研究でも提唱されてきました。

共通先祖とは異なる絶滅した遺伝コードは、こうした統一の過程で失われたものと考えられます。

あえて通貨でたとえれば、経済圏を統一するために統一された通貨ユーロを使うために、かつての国々ごとに発給していたマルクやフランが廃れていったという感じでしょう。

本研究のもう一つの重要な示唆は、地球外生命を探す際の視点です。

もし初期生命が硫黄(S)や金属イオンを豊富に活用していたのなら、火星やエンケラダス、エウロパなど硫黄に富む天体でも、似たようなプロセスで生命が誕生しているかもしれません。

芳香族アミノ酸が思ったより早くから使われていたなら、地球外でもアロマチック化合物を利用する生命の痕跡を手がかりに探索が進む可能性があります。

もしかしたら絶滅したコードの起源は、硫黄や金属に富んだ惑星にいた生物のものだった可能性もあるのです。

逆を言えば、地球生命の遺伝コードが長い時間をかけて他の星に漂着して繁栄した場合、その星に元々存在した生命の遺伝コードと統一を起こし、地球と似た生物の進化が起こる可能性もあります。

現代の宇宙生物学は、古い地球環境の再現実験や隕石・サンプルリターン探査などと組み合わせて、「初期生命がどうやって分子を利用したか」を推定することで、異星での生命シナリオを描こうとしています。

私たちの遺伝情報の源流を、さらに深く探求することで、生命がいかにして複雑な設計図を手に入れ、どのように地球上を席巻していったのか。

その全貌を解き明かす日が、少しずつ近づいていると言えそうです。

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元論文

Order of amino acid recruitment into the genetic code resolved by last universal common ancestor’s protein domains
https://doi.org/10.1073/pnas.2410311121

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 DNA以前の絶滅した遺伝コードの痕跡を発見:私たちDNA組は2番手だった