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白亜紀。恐竜の化石が出てきそうでワクワクしますよね。
日本からはトロオドン科の可能性がある化石がいくつか出てはいましたが、確実にそれ!といえる化石はまだ出ていませんでした。
それが見つかったのです。しかも可愛い毛玉ちゃん……凄くないですか?
トロオドン科の恐竜は鳥に近いだけあって、小型で軽い恐竜です。中国で見つかったアンキオルニスという獣脚類はあまりに鳥に似ているので「さすがにこれは鳥だろう?」「いやいや、これはまだ恐竜」と研究者の間でも意見が割れるほどです。
ふわふわな子、種類によっては判定が難しいようです。
丹波篠山で見つかったのは、眠った姿勢のまま化石になっていたため毛玉ちゃん的なルックスでした。そして、松原さんと大江さんによって発見されたので、「ヒプノヴェナトル・マツバラエトオオエオルム(Hypnovenator matsubaraetoheorum)」と命名されました。
ヒプノヴェナトルとは「眠る狩人」という意味です。hypno-”はギリシャ語で「眠る」、venatorはラテン語で「狩人」。venatorはトロオドン科の恐竜に多く用いられる名前です。全部合わせると「松原さんと大江さんの眠る狩人」となります。アマチュア化石愛好家が素晴らしい成果を挙げたのです。
しかもこの毛玉ちゃんは新属新種でした。凄い子が見つかってしまいましたね。
この眠るような姿勢は、中国から報告されている「巣穴に逃げ込む」「火山や風成イベントに対する防御姿勢」といった、原始的なトロオドン科の恐竜と同じです。何か恐れを感じることが起きて、怖くて巣の中で丸まり毛玉になっている間に「恐れていた何か」によって死んでしまったのかもしれません。
何か怖いことがあるとおうちに引きこもり、丸く小さくなってやり過ごそうとするのが可愛いです。
この眠れる毛玉ちゃんヒプノヴェナトルは、約1億1000万年前にアークトメタターサル構造を持ったことで速く走れるようになったことがわかりました。
はい、アークトメタターサル構造。これは何でしょう?
これは中足骨((足の甲の骨)のうち、第3中足骨の近位部(頭に近い方の側)が狭くなり、第2と第4の中足骨の近位端が前面で接しているため、第3中足骨が前から見えない状態の構造です。言葉だと少しわかりにくいので図を見てみてください。
この構造には、体重や衝撃を支えるバネのような役割があると考えられていて、速く走ることに適応しています。アークトメタターサル構造を持っている、よく知られている恐竜にはティラノサウルスがいます(あいつ走るのが速いんですよ…)。
その後、趾骨(しこつ:指を作る小さい骨)も走るのに適した形に進化していったことがわかりました。空は飛べなくても走るのが速い。現代にもそういう鳥がいますよね。
調べた結果。ヒプノヴェナトルはトロオドン科、トロオドン亜科ということがわかりました。これがモンゴル産のゴビヴェナトルと仲間になります。後足の形を変えることで速く走れるようになったのはトロオドン亜科から始まったこともわかりました。
モンゴルと日本。つまりアジアで見つかった恐竜が特殊な前足の機能とより速く走れる機能を持ち始めたことがわかったのが、この毛玉ちゃん発見の大きな成果です。
羽毛恐竜は鳥に近いほど小柄だったり、骨が華奢だったりするため、骨同士がつながった状態で発見された例が少なく、恐竜から鳥への進化過程を証明するのはなかなか困難なことなので、そうした点でもこの毛玉ちゃんは貴重な存在といえます。
毛玉ちゃんは走るのが速いだけでなく、毛玉だけに羽毛を持っていました。ヒプノヴェナトルは全身に羽毛が生えているだけでなく、前脚や尾の先に羽もありました。
小型の恐竜は保温のための羽毛を持っていたと考えられています。これは空を飛ぶための翼や羽を獲得するよりも先でした。空を飛ぶために羽が生えてきたわけではないんですね。まずは保温のため。ダウンジャケットは恐竜にとっても暖かかったのです。
現代の鳥も、ヒナの時にまず生えてくるのは飛ぶための羽根ではなく、ふわふわの羽毛です。飛ぶより先にまず保温。
こうした羽毛や羽を持つ恐竜を「羽毛恐竜」といいます。
恐竜といえばウロコのある爬虫類と同じルックスだと考えられてきたのですが、1996年、中国で発掘された1mほどの恐竜の化石には、まるで鳥のヒナのような羽毛がふさふさと生えていて世界に衝撃を与えました。
その後、同じ地層から羽毛を持つ恐竜が次々と見つかったのです。ほぼ全てが1m程度の小型恐竜でした。小型なティラノサウルスの仲間にも羽毛を持っているものがいたので一時はあのティラノサウルスもふさふさしていたのか?と疑われたこともありました。
その後、12mもあるティラノサウルスは体の一部にだけ羽毛があり、ほかはウロコだということがわかってきました。しかし、体の小さい子供のうちは保温のため羽毛で覆われていた可能性もあります。
体にふさふさと羽毛が生えているだけでなく、鳥にそっくりな翼のような前足を持つ恐竜も見つかりました。前脚は鳥の翼のように折りたためる構造になっていて、恐竜と鳥の間をつなぐ存在であることが伺えます。
こうした鳥に似た恐竜の中には、翼をはばたかせるための筋肉が発達し、重心のバランスを取るために長かった尾が短くなったものも現れました。尾は短く、バランスを取るのはもっと軽い尾羽になりました。こうなると限りなく鳥に近くなります。
鳥は長い尾羽を持っていても、尾は短い生物です。焼き鳥の「ぼんじり」を思い出してみてください。塩焼きが美味しい皮と脂肪だけのような部位ですが、あれは鶏の尾です。尾羽が長いのでわかりにくいですが、尾はプリッとしたあれです。
恐竜は、例えばティラノサウルスを見るとわかるように、長い尾を持っています。これはバランスを取るためです。
しかし、長い尾は空を飛ぶには重すぎました。そのため、鳥に近い羽毛恐竜は尾が短くなり、代わりに尾羽が長くなるような進化を遂げたのです。
飛ぶためには翼を強く動かし続けるための大きくて強い筋肉も必要です。そのため、羽毛恐竜が鳥に近づくほど胸骨は大きく、筋肉が多く付く構造になっていきました。
鶏も鴨も、モモ肉だけでなく胸肉も食べ応えのあるサイズなのは、元はと言えば鳥は空を飛ぶため胸の筋肉を大きくしたことによるのです(多くの家禽は食用に品種改良された結果でもあります)。
羽毛恐竜の中でもかなり鳥に近いイーシャノルニスは胸骨こそさほど大きくなくても、尾は鶏のぼんじりのように短く、短い尾に長い尾羽が生えていました。恐竜と鳥、両方の特徴を持っていたため、この羽毛恐竜の発見は、「鳥は爬虫類(恐竜)から進化した」という考え方のきっかけを作ることになりました。
鳥のヒナが巣立つ前にはばたきの練習をして徐々に飛べるようになるのと似て、羽毛恐竜で翼を持つものたちも同じような動きで飛べるようになっていったと考えられています。羽毛恐竜は、体の保温から始まって、住む範囲を木の上にまで広げ、尾は短くなり、やがて羽ばたいて飛ぶ鳥へと進化していったのです。
現代の鳥には、恐竜の名残があります。足にウロコが生えているだけではなく、内臓にもあります。
鳥には歯がなく、丸のみした食べ物を「砂嚢(さのう)」ですり潰してから消化しています。これは焼き鳥でいえば「スナギモ」です。オルニトミムスという、歯がなく嘴を持った恐竜の化石からは砂嚢があったと思われるたくさんの小石が見つかっています。
もうひとつは「気嚢(きのう)」です。これは呼吸のための器官で、鳥は肺以外にも恐竜から気嚢を受け継いでおり、空気中の酸素をより効率よく取り込むことができるのです。
空を飛ぶために羽ばたき続けるのには大きなエネルギーが必要です。そのため多くの酸素を取り込む必要があるのですが、気嚢があるがゆえにそれが可能になっていると言っていいでしょう。
世界中で、自力で一番高く飛ぶ鳥として知られるのはインドガンで、高度6000m以上を上昇気流などは利用せず、自分の羽ばたきだけで飛んでヒマラヤ山脈を超えていきます。
同じくヒマラヤ超えをする鳥にはアネハヅルも知られています。いずれも全身へ酸素を効率よく行きわたらせる仕組みを持ってはいても、基本は気嚢で薄い空気の中から効率よく酸素を取り込んでいます。
丹波篠山で見つかったふわふわな毛玉ちゃんは羽毛恐竜でした。羽毛恐竜が鳥に進化するまでには長い期間がかかりましたが、羽毛恐竜は間違いなく鳥の祖先です。鳥は飛ぶために尾を短くしましたが、砂嚢や気嚢は恐竜から受け継ぎました。
焼き鳥屋さんでぼんじりやスナギモを食べる時、たまに羽毛恐竜のことも思い出してみてくださいね。
参考文献
羽毛恐竜 恐竜から鳥への進化
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元論文
Early Cretaceous troodontine troodontid (Dinosauria: Theropoda) from the Ohyamashimo Formation of Japan reveals the early evolution of Troodontinae
https://doi.org/10.1038/s41598-024-66815-2
ライター
百田昌代: 女子美術大学芸術学部絵画科卒。日本画を専攻、伝統素材と現代素材の比較とミクストメディアの実践を行う。芸術以外の興味は科学的視点に基づいた食材・食品の考察、生物、地質、宇宙。日本食肉科学会、日本フードアナリスト協会、スパイスコーディネーター協会会員。
編集者
海沼 賢: 大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。