地球のほぼ8割はマントルです。地球を1/8ぐらいスイカみたいに切り取って、残り7/8の中身を見せたような図を大抵の人は見たことがあると思います。

図では時々火山から噴き出してくる溶岩の素、マントルが濃いオレンジ色で描かれていて、いかにも恐ろしいイメージ。

マントルの上には「地殻」と書かれた、マントルと比べてとても薄いプレートが描かれてもいます。

この薄い地殻を縦にどんどん掘り続ければいずれマントルにたどり着くのでは?という発想から「アホみたいに穴を掘り続けるマントル到達チャレンジ」を思いつく人がいても不思議ではありません。

そして、こういう突拍子もないことを本当にやり始める人がいるんですね。

もちろん、マントルを調べるためですよ。単に掘ってみたいからではありません。

では、実際に行われた「マントル到達チャレンジ」について見ていきましょう。

目次

  • マントルに届くまで地面をどんどん掘り続ける!
  • 超大陸の成り立ちや分裂はマントルの働き

マントルに届くまで地面をどんどん掘り続ける!

「マントル到達チャレンジ」は1958年に「モホール計画」という名前で、研究者と技術者が手を取り合って始まりました。

どんどん深く穴を掘っていけばマントルに到達し、地球の中身を採集して調べることができるはずです。

地殻からマントルまでの距離ですが、これは地上からだと大陸の地下約40km。とても深いです。しかし海底からだと6kmということがわかっています。

地震波の伝わる速度は地殻とマントルでは違っていて、地震波が地殻通り抜けてマントルへ入ると急に速くなるため、地震波の速度が変わるところが地殻とマントルとの境界というわけです。

これはクロアチアの地質学者、モホロビチッチ博士が発見したことにより、その境界は「モホロビチッチ不連続面(モホ面)」と呼ばれています。単に「モホ」と呼ばれることもあります。

モ「ホロビチッチ不連続面」学校で習った記憶がよみがえる? / Credit: Wikimedia Commons/ナゾロジー編

掘るなら地表ではなく海底ですね。

こうして「マントル到達チャレンジ」は1961年にはアメリカが世界で初めて、海底を掘り進むことにチャレンジしました。

ところで、マントルへ向けてどんどん掘り進んだ結果、「モホ面を突き破ったらどうなるんだろう」と思いませんか?

あの図で見たオレンジ色の、湧き上がるマントルから灼熱のマグマが吹き上がってくるのではないだろうか?と恐れていませんか?

思い出してください。マントルは個体なんです。

しかも、濃いオレンジ色ではなく、綺麗な緑色です。

地震波には横波のS波と縦波のP波があります。P波は個体・液体・気体のいずれでも伝わるのですが、S波は個体しか伝わりません。実はマントルの中はS波が伝わるため、マントルは個体であることがわかるのです。

ドロドロのマグマじゃなくてよかったですね。

では、どうして緑色?

これは火山の噴火で出た噴出物を調べた結果、マグマが上昇する時にいわば削り取って一緒に上がってきたマントルの一部がかんらん岩であることがわかっているからです。

かんらん岩は綺麗な緑色をしている / Credit: Wikimedia Commons

かんらん岩は緑色の鉱物です。宝石として通用するクオリティのものはペリドットと呼ばれます。8月の誕生石ですね。つまり、マントルは綺麗な緑色なのです。

何なら私たちは綺麗な宝石の上で暮らしているといってもいいかもしれません。

比較的新しい地球内部の図では、マントルは赤ではなく緑で表されています。

気の利いた図はマントルが緑色で描かれている / Credit: Wikimedia Commons

もちろん、これがわかる前でも、マントルへ到達することは地球科学で最も挑戦的な課題の一つでした。

そのため「モホール計画」が進行したのですが、1966年に終焉を迎えます。1961年に始まったアポロ計画との資金獲得競争に敗れたのです。

つまり、お金がなくなってとん挫したんですね。残念過ぎます…

地球から月までの距離は約38万kmです。そして海底からマントルまでは6km。それなのに、マントルは月より遠いところになってしまいました。

しかし、「モホール計画」はアホほど穴を掘り続けていただけなのでは決してなく、「プレートテクトニクス理論」創成に役立つなど、地球科学に大きな貢献をしました。

プレートはマントルの動きに乗って進み続ける / Credit: Wikimedia Commons

とはいえ掘った最大深度は海底下で2111m。これが限界だったのです。マントルまではまだ遠い道のりです。

この限界は予算だけでなく、掘削方法にありました。

ドリルパイプを直接海中に降ろして掘削する方法では、次第に穴が埋まってしまい、それ以上掘り進むことができなくなってしまったのです。

そこで、日本でも新しい技術を導入した深海掘削船の開発が必要ではないかということになりました。

日本、「マントル到達チャレンジ」へまさかの参戦!

まあ、そこは国際協力の下でということで、「深海地球ドリリング計画(OD21)」がスタートしました。

この計画の主役は地球深部探査船「ちきゅう」です。より高性能にということで、「モホール計画」ではうまくいかなかった掘削の方法が大きく変えられ2005年に建造されました。

地球深部探査船「ちきゅう」。海底を掘削するため船となっている / Credit:JAMSTEC(国立研究開発法人海洋研究機構)

「ちきゅう」はライザー掘削と呼ばれる技術を用いています。これはドリルを守るように二重になったパイプが覆い、掘った穴が圧力で崩れることを防いでいます。また、パイプには「泥水(でいすい)」が注入され、掘削で出た岩石の破片を海中に逃すことなく船上へ運ぶ構造のため、貴重なサンプルを得ることもできます。

「ちきゅう」は水深2500mの深海底から地殻を掘り進めはじめ、海底下7000mまで掘り抜く性能を持っています。

マントルまで掘る気まんまんの仕様!

マントルまではまだ到達していませんが、既に世界各地で掘削を始めています。より深く掘り進めるドリルの開発が待たれますね。

超大陸の成り立ちや分裂はマントルの働き

確かマントルは対流していると習いましたよね。それは事実です。

でも、個体なのに何故対流?

マントルは対流していると学校で習った時に、ドロドロで灼熱のマグマがぐるぐると足元で沸いていることを想像して怯えたものです。

でも、安心してください。

マントルは高温・高圧の状態にありますが溶けてはいません。個体なのです。圧力でぎゅっと個体になっています。

マントルには温度の高い部分と低い部分があります。周囲のマントルより温度が高い部分は上昇し、その動きを「ホットプルーム」、温度が低くて下降していく動きを「コールドプルーム」と呼んでいます。

この上昇と下降が「対流」で、極めてゆっくりとした動きです。ちなみにこの対流が起きるのは地球が絶妙なサイズ感のおかげで、地球より大きいと圧力が高すぎて対流は起きません。

私たちが乗っている地殻は岩石のプレートで、プレートはマントルの動きに従って移動しています。マントルの対流はプレートテクトニクスのキモであるといえます。

地球は大陸が「動く」激レア惑星だともいえます。

ホットプルームは海底にマグマを押し上げる役割を果たします。マグマが押し上げられる地点はホットスポットと呼ばれます。

世界各地にあるホットスポット(赤丸部分) / Credit: Wikimedia Commons

海底のホットスポットでもりもりと押し上げられたマグマは冷え固まり、プレートとなってマントルの動きに乗って動いていきます。

わかりやすいのがハワイです。

ワイ列島の下にはホットスポットがあります。そのためよく火山が噴火しています。ハワイ列島は太平洋プレートに乗って西へ向かって移動しているため、移動を続けてホットスポットから外れると火山活動を停止します。

たびたびニュースになるハワイでの火山の噴火 / Credit: Wikimedia Commons

太平洋プレートの動きに乗って移動するハワイはやがて海へ沈み、海山となる運命。

ハワイ列島に連なる海山は、プレートの動きに従って最初北へ向かって移動していました。元は今のハワイの場所で火山島だったものです。

かつては「旧ハワイ」的な、別のハワイがあったのです。

プレートに乗って移動しているハワイ / Credit: Wikimedia Commons

北へ向かって移動した海山が天皇海山群です。その後4000万年ほど前からプレートは西への移動へ向きを変え、移動する方向を変えてからの海山をハワイ海嶺と呼んでいます。

これを上から見ると、カムチャツカ半島から南東へのびた天皇海山群が、途中でひらがなの「く」の字型に曲がりハワイへ続いています。

このふたつを合わせて「ハワイ-天皇海山列」と呼びます。

こんなにあるの!と驚くかつての「ハワイ」 / Credit: Wikimedia Commons

現在人気の観光地ハワイ。芸能人の中には頻繁に訪れたり、移住したりする人もいるようですが、ハワイはいずれ火山活動を停止し、海に沈んでハワイ-天皇海山列の一部になります。

諸行無常……。

海底をゆっくり進むプレートはやがて大陸を作るプレートとぶつかって、その下へ潜り込み、徐々にマントルの中へ戻っていきます。大陸を作るプレートよりも重いためです。

この時のプレートのひずみがプレート境界型地震をもたらします。日本の、主に太平洋側で起きる地震の多くがこのプレート境界型地震で、これもまたマントルの働きによるものだったんですね。火山活動も起きやすくなります。

プレートはこうしてできる / Credit: Wikimedia Commons

地球上にはハワイ以外にも、いくつものホットスポットが知られています。

中でも有名なのがアイスランドです。アイスランドではよく火山の噴火が起きていますが、あれはアイスランドが大西洋海嶺とアイスランドホットスポットの上にある火山島だからです。

それだけでなく、アイスランドはプレートの生成が海面より上の、地上で見られる地球上でもとてもレアな島です。プレートが生成されて大地が広がっていくので、アイスランドは常に大地が引き裂かれているといえます。

この裂け目は「ギャオ(ギャウ)」と呼ばれ、多くの火山が存在します。マントルが地殻へ向かってゆっくり登ってくる場所で、地殻が生まれてくる場所のひとつです。地球のダイナミックな動きを感じられる観光地としても人気です。

マントルの対流で引き裂かれるアイスランドの大地「ギャオ」 / Credit: Wikimedia Commons

そして、周囲より温度の低いマントルが沈み込んでいくポイントも存在します。

ここには極めてゆっくりと周囲のプレートが集まってきます。

現在、地球上に存在する大陸や島は、元は一つの巨大なパンゲアと呼ばれる超大陸でした。

超大陸「パンゲア」の姿。現在の世界はここから分裂して生まれた / Credit: Wikimedia Commons

このパンゲア大陸が分裂し、今の世界があります。ホットスポットがパンゲア大陸を引き裂いた結果です。

そして温度の低いマントルが沈み込む場所もあります。プレートは、この場所に向かって移動し続け、最終的にはマントルの中へ沈んでいきます。

つまり、パンゲア大陸が分裂して、いくつかの大陸や島になっている現在の世界は、再びひとつにまとまって超大陸を作る動きに乗っており、今から2億5000万年後に次の超大陸「パンゲア・ウルティマ」ができると考えられています。

「パンゲア・ウルティマ」。地表は再び超大陸へと姿を変える / Credit: Wikimedia Commons

それまでにも徐々に変わっていく世界地図の形。アフリカ大陸はふたつに引き裂かれ、動きの速いプレートに乗ってユーラシア大陸と合体したインド亜大陸は、今でもユーラシア大陸側に向かって動いています。

インド亜大陸がユーラシア大陸と合体したことで地殻に寄った「しわ」のようなヒマラヤ山脈は、押し上げられて今より標高が高くなるのでしょうか?日本列島はどうなるのでしょう。興味は尽きません。

そして「マントル到達チャレンジ」は現在も続けられています。

「ちきゅう」がいつマントルに到達するか、楽しみに見守りましょう。

マントルは8月の誕生石、ペリドットになるかんらん岩。私たちは宝石の上で生きているともいえる / Credit: Wikimedia Commons

全ての画像を見る

参考文献

地球発見
https://www.jamstec.go.jp/chikyu/e/magazine/backnum/pdf/ch_09_j.pdf
統合国際深海掘削計画(IODP)
https://www.jamstec.go.jp/godac/j/godac/file/jamstec/pc_3_4_4.pdf

ライター

百田昌代: 女子美術大学芸術学部絵画科卒。日本画を専攻、伝統素材と現代素材の比較とミクストメディアの実践を行う。芸術以外の興味は科学的視点に基づいた食材・食品の考察、生物、地質、宇宙。日本食肉科学会、日本フードアナリスト協会、スパイスコーディネーター協会会員。

編集者

海沼 賢: 大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 アホみたいに穴を掘り続ける、マントル到達チャレンジ