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今日ならすぐに大問題となるところですが、当時はまだ彼の誤りを指摘できる医学的知識は準備されていませんでした。
そうしてコットンは持論が正しいことを証明するために、実際の精神病患者に対して自ら治療を実践するのです。
最初は精神病患者の歯を無作為に抜歯することから始めました。
細菌に感染した歯を抜くことで精神疾患が治ると信じていたからです。無理に抜歯を受けた患者の中には、うまく喋れなくなったり、食べ物を咀嚼できなくなった人が続出したといいます。
さらに抜歯しても患者に改善が見られない場合、コットンは外科手術によって臓器をランダムに摘出する暴挙に出始めました。
彼が摘出の対象にしたのは膵臓や大腸、胃、卵巣、睾丸などです。
また当時はその治療法にどれだけの効果があるかを調べるため、同様の治療を受けなかった患者と改善具合を比較するといった方法が確立されていませんでした。
そのため、コットンは自身が行った治療効果を誤ったデータでしかまとめていなかったのです。
そして彼は「抜歯や臓器の摘出により精神病患者の85%に改善が見られた」と報告し、改善が見られなかった患者については「細菌の感染が広がりすぎていて、すでに手遅れの状態だったため」と述べています。
まさに独断と偏見にまみれた報告でした。
ところがコットンの狂気じみた治療法は、当時の精神医学界により「革新的かつ最先端の治療方法だ!」として大いに称賛を受けたのです。
しかし精神病院に入院していた当の患者たちは、次第にコットンのやり方に違和感を抱き始めます。
コットンが自身の成功を高らかに謳っていた一方、その陰では狂気じみた治療のせいで、実際は患者の死亡率は上昇していました。
一時は入院患者の3人に1人が手術後に死亡していたといいます。
この事態に「明らかに何かおかしい」と感じたのが入院患者たちです。
彼らはコットンの手術の危険性に気づき、手術室に行くことを拒否し始めました。
病院のスタッフたちにより無理やり手術室に連れて行かれた患者が「抵抗して叫んでいた」様子が目撃されています。
ただ幸いなことに、医療従事者の全員がコットンの嘘に騙されていたわけではなく、一部の精神科医は彼のやり方に懐疑的な眼差しを向けていました。
そしてコットンの病院の医療スタッフが患者を虐待している疑惑が浮上したことで、1924年にようやく調査委員会が組織されます。
この時点ですでにコットンが狂気の治療を初めてから17年の歳月が経っていました。
調査を率いたのは同じ精神科医であったフィリス・グリーンエイカー女史です。
彼女はコットンの手術記録を入手し、彼の過激な手術を受けた62名の患者のうち、17名は手術直後に死亡し、その他の複数名も術後数カ月で亡くなっていたことを発見しました。
精神疾患の改善が見られたのはわずかに5名であり、3名は改善が見られたものの症状が残っていました。他の数十名については何らの改善も見られていません。
さらにグリーンエイカーはコットンの病院から退院した元患者とコンタクトを取り、彼らにインタビューを実施していますが、その際に患者の多くが無理な抜歯によって滑舌が悪くなっていたこと、いまだに精神疾患の症状が残っていたことを確認しました。
彼女の調査報告では、コットンの手術による患者の死亡率は30〜45%に達していたと報告されています。
(ちなみにコットンは妻と2人の子供の歯も抜いていたという)
これを受けて、コットンにも直接的に取り調べが行われましたが、彼は都合が悪くなると発狂したフリをして、質問に対し適切に返答しなくなったといいます。
加えて、世間的にはコットンへの疑惑よりも、コットンの革新的な治療に対する称賛の声が大多数を占めていました。
結局、グリーンエイカーの報告書は問題にされることなく、時間と共に忘れ去られ、コットンは再び狂気の治療を再開し、アメリカやヨーロッパで講演を行ったのです。
最終的にコットンは現役としての精神科医を引退していますが、その後も彼は独自の理論を過激化させていきました。
晩年には「子供に自慰のような悪い習慣を身につけさせないためには腸の切除手術を行うとよい」とか、歯科医に対して「菌に感染した歯を抜かずに、治そうとするのは大きな誤りだ」と間違った非難をしていたのです。
しかし医療が発展するにつれて、コットンの主張のおかしさが再び注目され始め、1930年に入ってからニュージャージー州当局による再調査が行われます。
このときの調査では、コットンの手術を受けた患者に比べて、手術を受けなかった患者の方が精神疾患の有意な改善が見られていたことがはっきりと認められました。
これでコットンも万事休すかと思いきや、彼はこの再審理の最中の1933年に心臓発作のため、この世を去ります。
ニューヨークタイムズはコットンの功績を讃える記事を掲載し、世間的には彼の名誉が傷つくことはありませんでした。
しかし今日の私たちから見れば、コットンの治療がいかに無謀で狂気じみていたかがわかるはずです。
コットンとその助手たちはその生涯に1万1000本以上の患者の歯を抜き、645回の臓器摘出手術を実施し、これによる死者は数百名に上ると推定されています。
参考文献
The Horrifying “Cures” Of Dr. Henry Cotton — America’s Biggest Quack
https://allthatsinteresting.com/henry-cotton
Two Men Tried To Cure Schizophrenia by Removing Their Patients’ Intestines
https://www.smithsonianmag.com/smart-news/two-men-tried-cure-schizophrenia-removing-their-patients-intestines-180953875/
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部