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確かに火星は太陽系の中で最も地球に似た惑星であり、移住場所として最初のターゲットにするのは理にかなっています。
まず前提として、火星と地球はともに「岩石惑星」であり、人類が居住するための大地があります。
他方で木星や土星のような「ガス惑星」はガス主体でできているため、固体の地表面を持っていません。
また火星は地球と同じように、山や谷のような地球とよく似た多様な地形を持っています。
それから火星と地球は1日の長さがほぼ一緒です。
地球の1日が24時間なのに対し、火星の1日は約24時間37分なので、生活リズムを無理なく適応させられる可能性があります。
ちなみに金星の1日は地球日で約117日、水星は約176日、木星は自転スピードが異常に速いので約10時間、土星も同じくらいで約10時間33分です。
加えて、火星の地軸は約25度傾いているため、地球と同じように春夏秋冬のサイクルがあります(地球の地軸の傾きは約23.4度)。
さらに火星の極冠が巨大な氷のシートで覆われているだけでなく、近年の研究では地下にも氷が埋まっている可能性が指摘されているため、現地で水を調達することもできるでしょう。
その一方で、火星には地球と違う部分もたくさんあります。
火星は地球よりも小さく、地球の直径が約1万2750キロなのに対して、火星の直径は約6800キロと半分ほど。
それでも十分な広さではありますが、そもそも火星には豊かな資源がないため、大規模な人数での移住は難しいでしょう。
また大気の組成も無視できません。
地球の大気は窒素が約78%、酸素が約21%で構成されていますが、火星の大気はなんと95%が二酸化炭素です。
なので呼吸装置なしで外を出歩くことはできません。
そして火星に四季があるとはいったものの、その温度は地球と大きく異なります。
火星の表面気温は夏でも平均マイナス60度で、冬場になるとマイナス120度が当たり前の状況。また強い風によって砂嵐が頻繁に起こり、このとき巻き上げられた細かい砂によって火星の空はピンク色っぽくなります。
他にも火星の重力は地球のおよそ3分の1程度しかありませんし、火星を保護する磁場が失われているため、宇宙から地上に降り注ぐ紫外線量も高くなっています。
これらを踏まえると、まず人類が生身で火星の大地に住むことは不可能であり、最初はドーム型の居住施設なり、個別の地下シェルターが不可欠でしょう。
では、このような火星環境に住み続けていると、人類の「見た目」はどのように変わってしまうのでしょうか?
「地球と大きく異なる火星環境に住み続けることで、人類の見た目はわずか数世代のうちに激変する可能性がある」
これはライス大の進化生物学者スコット・ソロモン氏が2018年のTED Talksにて、「火星における進化生物学(Evolutionary Biology on Mars)」の題で発表した結論です(実際の動画は記事の最後に添付してあります)。
ソロモン氏によると、火星での生活は主に次の5つの変化を人体に引き起こすといいます。
火星の重力は地球の3分の1程度であるため、人体にかかる負荷が弱まり、それに伴って骨が脆くなりやすくなります。
そのせいで火星では、ちょっと強めにぶつかるだけで骨がポキッと折れてしまう「骨粗鬆症」が増えると推測されています。
火星では食糧も十分に得られない可能性があるので、移住者は地球にいた頃に比べて細身になるかもしれません。
ソロモン氏によれば、火星での生活は地球よりも薄暗く、遠くを見る機会も少なくなるため、視力が低下するといいます。
火星ではドーム型の居住施設や地下シェルターなど、狭い閉鎖空間に住む必要に迫られます。
このような環境にいると、視野は物理的に制限され、遠くを見る必要性がほとんどなくなります。
加えて、火星の大地は頻繁な砂嵐によって視界がぼやけたり遮られることがあるのです。
このような状況下では視力に頼るよりも、触覚や嗅覚など、他の感覚が研ぎ澄まされていくかもしれません。
これは火星の高い紫外線量に対応するために起こる変化です。
私たちの皮膚にはメラニンと呼ばれる色素が含まれており、これが紫外線から皮膚を保護する役割を担っています。
メラニンの多い人は肌の色が濃くなり、日射量の多いアフリカでは人体を守るために肌が黒くなります。
通常の生活ではドームやシェルター内にいるとしても、屋外で活動しなければならない機会も多いため、人類は火星の紫外線から肌を守るために色が黒くなると見られます。
先ほど言ったように、火星の大気は地球とまったく異なるため、移住者たちは効率よく酸素を取り込む術を身に付けなければなりません。
これと同じ適応はチベット高原に暮らす人々において実際に確認されています。
標高4000メートル級のチベット高原では、酸素濃度が海抜0メートルの地表に比べて40%も低くなっています。
そこでチベット人は血液の流れを改善する密度の高い毛細血管を発達させたり、遺伝的に酸素の運搬能力を高める適応を示しているのです。
これと同様の適応が火星の入植者にも起こると予想されます。
火星にはいまだ生命の痕跡が見つかっていません。
ということは火星環境には細菌やウイルスも(人間が持ち込まない限り)存在していないと考えられます。
そのような無菌環境で暮らしていると、細菌やウイルスから体を守る必要もなくなりますから、私たちに備わっている免疫系が弱体化し始めます。
またソロモン氏はその状態で世代交代が続いていくと、最終的には免疫系そのものが消失する可能性もあるといいます。
以上の5つの適応進化が完了してしまうと、もはや火星の移住者は地球にいる私たちと遺伝的に異なる種になっていると言えるでしょう。
そうしてソロモン氏は、火星で新たに誕生する人種を「ホモ・サピエンス」とはまったく別の「ホモ・マルシアヌス(Homo martianus)」と名づけています。
(火星【Mars】に暮らす火星人は英語で【Martian】と呼ぶことから)
ホモ・マルシアヌスは人類と比べて、見た目も身体機能も遺伝子も地球人とは全くの別物に変わっているはずです。
そしてホモ・マルシアヌスは免疫系が弱体化しているゆえに、地球人との新たな接触(遺伝的交流)は不可能となります。
細菌まみれの人体と性的接触をしようものなら、簡単に有害な病原菌に感染して、火星人は死んでしまうでしょう。
こうして地球人と火星人はそれぞれが別々の道を歩み始めていくと予想されるのです。
参考文献
Babies born on Mars could diverge from Earthlings within a couple of generations
https://www.zmescience.com/science/news-science/homo-martianus-babies/
Near-Sighted Kids of Martian Colonists Could Find Sex With Earth-Humans Deadly
https://www.inverse.com/article/55900-mars-city-near-sighted-offspring-could-find-sex-with-earth-humans-deadly
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部