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アメリカドクトカゲは、砂漠など獲物が少ない環境で生活するため、見つけると食い溜めしますが、食事の前後で血糖値がほぼ変動しないことが知られていました。
また、1980年代にアメリカ国立衛生研究所(National Institutes of Health)が、アメリカドクトカゲなど特定のトカゲやヘビの毒がインスリンを作る膵臓に炎症を引き起こすという研究結果を発表していました。
そこに注目したアメリカの科学者ジョン・エング(John Eng)氏は、1992年にアメリカドクトカゲの唾液腺から抽出した物質をエクセンディン-4と名付けて解析し、人間のGLP-1というホルモンによく似た構造・機能であることを突き止めました。
GLP-1は、食後に小腸から分泌されるホルモンで、膵臓からのインスリン分泌を促進して血糖値を下げる作用がありますが、数分でDPP-4(dipeptidyl peptidase-4)という酵素により分解されてしまいます。
これに対し、エクセンディン-4はGLP-1と同様の作用を持ちますが分解されにくく、数時間活性を保つことができ、インスリン分泌能が低下する2型糖尿病の治療薬として大きな可能性を秘めていたのです。
そして、エクセンディン-4を基に生まれた新薬は「GLP-1受容体作動薬」と総称され、2005年に初めてアメリカで2型糖尿病治療薬として承認を受け、日本では2010年に承認されました。
現在まで研究が重ねられ、IQVIAの調査によると、2023年の世界医薬品売上データでオゼンピックが2位、トルリシティが7位、マンジャロが10位と10位以内に3種もランクインしており、いずれも2兆円を超える売上でした。
また、エング氏はその功績が讃えられ、革新的な基礎研究に贈られるGolden Goose Award(2013年)、過去5年間で最も学術的インパクトのあった論文に与えられるFrontiers in Science Award(2014年)を受賞しました。
残念なことに、国際糖尿病連合(International Diabetes Federation)によると、2021年時点で世界の糖尿病罹患者は5億人超、つまり成人の約10人に1人が罹患しており、その90%以上が2型糖尿病とされています。
2045年までには7億人超まで増加すると予測され、今後もGLP-1受容体作動薬は人類にとって強い味方であり続けるでしょう。
これだけでも現代医療に大きく貢献していることがわかりますが、アメリカドクトカゲの活躍はこれだけでは終わりません。
なんと、ラドバウド大学医療センターのボス氏ら研究チームにより、エクセンディン-4を基にインスリノーマをより正確に検出できる新技術が開発されたのです。
インスリノーマとは、インスリンを分泌する膵臓のβ細胞に発生する腫瘍で、多くは良性ですが、インスリンを過剰分泌させるため低血糖を引き起こし、眩暈や意識喪失など様々な症状が現れ、最悪の場合、死に至ることもあります。
腫瘍の切除が主な治療法ですが、ほとんどが2cm未満と小さく、技術が進歩して高感度であるにも関わらず、CT検査やMRI検査、PET検査などの画像診断では腫瘍の位置を特定しにくいという問題があります。
また、超音波内視鏡(以下、EUS)や選択的動脈内カルシウム注入法という検査技術も使用されますが、体内に器具を挿入するため麻酔が必要など画像診断に比べて患者への負荷が大きかったり、施設によっては設備が整っておらず実施できないといった課題があります。
腫瘍の位置が特定できない場合、従来は腫瘍が見つかるまで膵臓を切除しており、腫瘍の位置によっては患者が膵臓全体を失い、重度の糖尿病に苦しむケースがありました。
そこで研究者らは、より高性能な画像診断技術を開発すべく、インスリノーマにはGLP-1受容体が過剰に発現することと、エクセンディン-4がGLP-1受容体に特異的に結合することに着目しました。
そして、エクセンディン-4のより化学的に安定したバージョンを作成し、これに放射性物質を結合させてPET検査で可視化しCTで撮影する、68Ga-NODAGA-Exendin-4 PET/CT(以下、エクセンディンPET/CT)を考案しました。
この検査方法の仕組みは、インスリノーマの細胞には正常な膵臓細胞より多くGLP-1受容体が存在する特徴を利用し、放射性物質で印をつけたエクセンディン-4を体内に投与して撮影して、エクセンディン-4が多く集まっている箇所にインスリノーマがあると判断するものです。
新技術の性能を検証するため、インスリノーマの疑いがある成人患者69名が参加してエクセンディンPET/CTと従来のPET検査であるDOTA-SSA PET/CT、MRI検査の一種であるCE-DWI-MRI、CT検査の一種であるCECTおよびEUSを比較しました。
参加者は、従来の検査方法に加えてエクセンディンPET/CTも受け、うち53名がインスリノーマであると確定診断が下され、切除手術を受けました。
検証の結果、53名のうちエクセンディンPET/CTでは50名(94%)でインスリノーマが検出され、従来の検査方法であるDOTA-SSA PET/CTの35名(66%)より高い数値となりました。
その他の検査方法では、CE-DWI-MRIで72%、CECTで75%、CECTとCE-DWI-MRI の組み合わせで81%、EUSで86%となり、今までのどの検査方法よりもエクセンディンPET/CTが優れていると示されました。
さらに、EUS以外の画像診断検査について比較した結果、7名(13%)がエクセンディンPET/CTのみでインスリノーマが検出され、DOTA-SSA PET/CT、CE-DWI-MRI、CECTでは検出されませんでした。
また、エクセンディン-4を用いたPET検査の先行研究では、放射性物質とエクセンディン-4を化学的に結びつける役割を果たすキレート剤としてDOTAを使用していましたが、今回はNODAGAを使用しました。
NODAGAはDOTAよりも放射線物質68Gaとより効率的に結合することができるため、PET検査での薬剤投与量を少なくすることが可能となりました。
その結果、DOTAを使用する技術では27%の患者が副作用として吐き気を催したのに対し、NODAGAを使用した新技術ではわずか3%となり副作用を減らすことに成功しました。
今後さらにエクセンディンPET/CTの研究が進み、従来のMRI検査やCT検査などその他の検査が不要になれば、診断にかかる時間や費用の大幅な削減が期待されます。
このように、アメリカドクトカゲの「よだれ」はまさに「毒薬変じて薬となる」良い例といえます。
有毒生物は恐ろしく避けるべき生き物とされがちですが、意外な活躍を知れば彼らの見方が変わるかもしれません。
参考文献
Scan based on lizard saliva detects rare tumor
https://www.sciencedaily.com/releases/2024/10/241021122738.htm
Doctor to discuss diabetes drug discovery during fifth annual Chu Lecture
https://www.buffalo.edu/news/releases/2016/04/030.html
元論文
Improved Localization of Insulinomas Using 68Ga-NODAGA-Exendin-4 PET/CT
https://doi.org/10.2967/jnumed.124.268158
ライター
門屋 希実: 大学では遺伝学、鯨類学を専攻。得意なジャンルは生物学ですが、脳科学、心理学などにも興味を持っています。科学のおもしろさをわかりやすくお伝えし、もっと日常に科学を落とし込むことを目指しています。趣味は釣り。クロカジキの横に寝転んで写真を撮ることが夢。
編集者
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。