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このウミウシは、元々葉緑体を持っているわけではありませんが、海藻を摂取する時に葉緑体だけを体内に取り込み、長期間にわたってこれを維持することができます。
そして光合成を行い、光から一部のエネルギーを得ることさえできるのです。
一方で、ゲームや小説の中では、植物と動物を合体させた大きなモンスターが登場します。
もちろん、こちらは架空の話です。
それでもエリシア・クロロティカのような存在は、「現実でも、葉緑体を組み込んだ大きな動物を生み出すことができるのではないか」と私たちの想像を掻き立てます。
最近、そんな私たちのイメージを一層刺激する研究結果が報告されました。
東京大学に所属する松永幸大氏ら研究チームが、葉緑体をハムスターの細胞に移植することに成功したのです。
まず研究チームは、原始的な藻類「シゾン」から、光合成活性を持つ葉緑体を単離することに成功しました。
そしてその葉緑体を、ハムスターの卵巣から作製された培養細胞「CHO細胞(抗体や医薬品の産生に多用されている)」に取り込ませることにしました。
これまでは細いガラス管を使用して葉緑体を注入するなどしていましたが、今回研究チームは、そのような従来の方法は使わずに、CHO細胞の貪食作用を高めることで、最大45個の葉緑体をこの培養細胞に取り込ませることに成功しました。
ちなみに、この「貪食」とは、細胞がその細胞膜を使って大きな粒子を取り込む作用のことです。
この作用は、細胞が異物・細菌・ウイルスなどを食べるように取り込み、分解して処理することで、免疫系の重要な役割を果たしています。
つまり研究チームは、この異物を取り込み処理する機能を上手く利用し、葉緑体をハムスターの細胞に移植したのです。
では、移植された葉緑体はどうなっていくのでしょうか。
研究チームの観察によると、CHO細胞の増殖は、葉緑体を取り込んだ後も阻害されず、正常に細胞分裂を繰り返しました。
一方、取り込まれた葉緑体は、CHO細胞の細胞質に存在しており、その一部は細胞核の周りを囲むように配置していました。
その後チームが分析と観察を続けたところ、葉緑体は取り込まれてから少なくとも2日間、光合成活性を保持していました。
しかし4日目に入ると、その活性は著しく減少し、長く持たないことを示しました。
ちなみに光合成活性の減少は、取り込まれた葉緑体に見られる「チラコイド膜」の構造が崩れるタイミングと一致することも分かりました。
このチラコイド膜とは、葉緑体内部に存在する幾重にも折りたたまれた膜からなる網目構造のことであり、光合成の光化学反応が起こる場所でもあります。
つまり、取り込まれた葉緑体が光合成活性を失ったのは、2日目以降、チラコイド膜がCHO細胞の分解作用に耐えられなくなり、その機能を失ったからだと考えられます。
今回の研究では、少なくとも2日間、ハムスターの細胞に移植した葉緑体の光合成活性を保持することに成功しました。
この結果だけでは、「光合成できるハムスターやその他の動物を作り出せる」とは言えませんが、それでも、この種の研究において突破口を開くものとはなりました。
研究チームは現在、移植した葉緑体の光合成活性をより長く維持するための技術開発を進めており、移植した葉緑体からどの程度の酸素が発生しているかも調べていきたいと語っています。
参考文献
光合成活性を持つ葉緑体を動物細胞に移植することに成功 ―光合成可能な動物細胞作製の突破口を開く―
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/11214.html
元論文
Incorporation of photosynthetically active algal chloroplasts in cultured mammalian cells towards photosynthesis in animals
https://doi.org/10.2183/pjab.100.035
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部