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しかしフィッシャーの原理の説明を見ると「自然選択は希少な性の出生を増加させる遺伝子変異に有利に働く」ことが述べられています。
わかりやすく言い換えますと、例えば、ある集団でメスばかりが生まれて、オスの出生数が少なくなると、その種の自然選択はオスの数を増やすための遺伝子変異を選好するようになるということです。
これによりオスの出生数がメスを上回ることで、性比は次第に1:1へと戻っていきます。
この説明を踏まえて、ジアンツィー氏は「フィッシャーの原理が機能するためには、男女の性比に影響を与える遺伝子変異がなければならない」と指摘しました。
こうした遺伝子変異の存在は、男の子ばかりを産む家庭、あるいは女の子ばかりを産む家庭が実際に数多く存在することからも強く示唆されます。
では、男女比の出生数に影響を与える遺伝子変異が見つかっていないのはなぜなのか?
その点についてジアンツィー氏らは、調査対象とする人々のデータ数が少なかったことが原因と推定。
そこで今回は、過去のすべての研究よりもはるかに大規模なサンプルを用いて新たに調査することにしました。
本調査では、英国在住のボランティア約50万人を追跡している長期大規模研究「UKバイオバンク」に登録されている被験者の遺伝子データを用いました。
チームはこれらのデータを解析し、生まれてくる子供の男女比に影響を与える遺伝子変異がないかどうかを調査。
その結果、男の子ではなく女の子を出産する確率が高くなる遺伝子変異が見つかったのです。
この遺伝子は「rs144724107」と名付けられ、これを持っていると女の子を出産する確率が10%上昇することと関連していました。
特にこの遺伝子変異は、男性の精子の生産や受精に関与するADAMTS14遺伝子の近くで起こっていました。
この点から遺伝子変異「rs144724107」は父親が持っている場合に女の子の出生率の増加に寄与することが示唆されています。
女の子ばかりが生まれている家庭は、父親がこの遺伝子変異を持っている可能性がありそうです。
とはいえ「rs144724107」の影響は明らかではあったものの、UKバイオバンクに登録されている被験者の中でも「rs144724107」を持っている人はほんの一握りで、全体のわずか0.5%に留まっています。
こうした遺伝子変異の保有率の低さが、これまで見つかっていなかった要因の一つと推測されました。
また研究チームは「rs144724107」が英国以外のサンプルではまだ確認できていないため、他の様々な人種を大規模に調べる必要があると話します。
その中で、男の子の出生率の増加に寄与する遺伝子変異も見つかるかもしれません。
これと別にジアンツィー氏らは、本研究の成果が「不妊治療や畜産などにも応用できる可能性がある」と話しています。
特に畜産業では多くの場合、メス個体の方がオスに比べて大きな経済的価値を持つことが多いです。
例えば、メスの鶏は卵の生産において、メスの牛は牛乳の生産において大きな価値を持っています。
一方で、経済的価値の低いオス個体はひどい話ですが、生まれてすぐに殺処分されることも少なくありません。
そこで新たに発見された遺伝子変異「rs144724107」を利用して、メスを選択的に出産できる畜産システムが確立できれば、効率的にメス個体を得られるだけでなく、オス個体の殺処分の抑止にもつながると期待できるのです。
ただこうした実用的な応用はまだまだ先の話であり、その前に男女比に影響を与える遺伝的メカニズムをしっかりと理解しなければならないでしょう。
参考文献
Boy or girl? U-M researchers identify genetic mutation that increases chance of having a daughter
https://news.umich.edu/boy-or-girl-u-m-researchers-identify-genetic-mutation-that-increases-chance-of-having-a-daughter/
元論文
In search of the genetic variants of human sex ratio at birth: was Fisher wrong about sex ratio evolution?
https://doi.org/10.1098/rspb.2024.1876
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部