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「美しいバラにはトゲがある」という慣用句を一度は耳にしたことがあるでしょう。
しかし実際には、美しいとは言えない植物の多くにもトゲが存在していることが知られています。
たとえばジャガイモ、トマト、ナスなどが属するナス属は現在1000種以上が知られていますが、そのうち400種にはトゲがあることが知られています。
トゲは植物を食べようとする動物に対する防御の他にも、ツルが壁や木に巻き付く手助けや、植物同士の競争、さらに水分保持など多様な役割があることが知られています。
しかし厳密な植物学的分類においては、バラのトゲ(prickles)は真のトゲ(thorns)とはみなされてはいません。
サボテンなどに生えている真のトゲ(thorns)が構造的に枝の一種である一方、バラなどのトゲ(prickles)は表皮が変形したものとなっているからです。
どちらも痛いことには変わりませんが、両者のトゲの断面図をよくみてみると、真のトゲ(thorns)は硬い木質であるのに対して、バラなどのトゲ(prickles)は内部がコルク質であることが多く、比較的軟らかくなっています。
どちらも痛いことには変わりありませんが、日本人にとってより身近なのはバラなどのトゲ(prickles)のほうと言えるでしょう。
大麦や米の鋭い先端部分も分類的にはバラなどのトゲ(prickles)のほうに属しますし、人の衣服などに付着する、「くっつきむし」と呼ばれることもあるオナモミの種子に生えている、かぎ状のトゲもバラなどのトゲ(prickles)と言えます。
植物にとって表皮を変形させるだけで済むトゲ(prickles)は非常に有用なツールとして使われていることがわかります。
しかし植物の進化系統樹をみると、このトゲ(以降、トゲ=pricklesとします)の出現位置はバラバラであることがわかります。
進化的にも親戚と言える種の間でも、一方にはトゲがあり、もう一方にはトゲがないといった事態が多発しているのです。
またそれまでトゲがなかった2つの独立した系統に属する種が、それぞれ独自にトゲを獲得するといった変化もみられます。
研究者たちが調査したところ、植物たちは過去4億年間において実に28回も独立してトゲを獲得していることが示されました。
このように、共通の特徴が異なる系統や種で独立に出現する現象を生物学では「収れん進化」と呼んでいます。
コウモリや鳥やモモンガのように、翼のような構造を独自にみにつけた例がこれに当たります。
ただ収れん進化の多くは、異なる体のパーツや異なる遺伝子が変化することで、結果的に似た機能や形状を獲得します。
鳥の翼は毛がベースであり、コウモリの翼が表皮がベースであることからもわかるように、似たパーツでも成り立ちが全く異なっているのです。
ではバラなどのトゲの場合はどうなのでしょうか?
独立した系統や種で似たトゲがみられるときも、コウモリと鳥の翼のように、成り立ちが全く異なっていたのでしょうか?
植物のトゲはどんな遺伝子変異によってできるのか?
この謎を解明するためコールドスプリングハーバー研究所の研究者たちはジャガイモ、トマト、ナスなどが属するナス属を集中的に調べることにしました。
ナス属は地球上で最も多様な植物であり、そのなかにはトゲを持つ種とそうでない種が散見されるからです。
調査にあたってはまず、近縁のナス属のなかでトゲがある種とトゲのない種を交配させました。
すると子孫はトゲのたくさん生えているものと、そうでないものが出現しました。
次に研究者たちはトゲの生えている子孫と生えていない子孫のDNAを比較し、何が違っているかを調べました。
するとトゲのある子孫では「ロンリーガイ(孤独な男)」という奇妙な名を持つ遺伝子に変異が起きていることが明らかになりました。
「Lonely Guy(孤独な男)」という名前は、「孤独な男」遺伝子が欠損した植物が、芽を出す段階で周りに出遅れて「孤立」してしまうことに由来しています。
この遺伝子が正常に働くと、芽が順調に成長し、周囲の組織と同じタイミングで「一緒」に育つことができます。
しかし、「孤独な男」遺伝子が欠けてしまうと、発芽が遅れ、その植物が周囲の植物に比べて浮いた存在、つまり孤立したように見えます。
この孤立状態にちなんで「Lonely Guy」というユニークな名前が付けられました。
また2種類のナス属の野生種を用いた同様の実験でも、トゲがある子孫が「孤独な男」遺伝子の変異体をもつことが判明します。
さらに研究者たちは20種類の植物についても調査を行い、「孤独な男」遺伝子がトゲの原因であることを発見しました。
たとえばバラの「孤独な男」遺伝子の機能をブロックした場合には、トゲの発達が妨げられ、小さな芽のような存在に変えることに成功しました。
これまでの研究により「孤独な男」遺伝子の起源は、今からおよそ4億年前、地球で最初に乾いた大地に進出したコケ類にまで遡れることができることが知られています。
また先に述べたように「孤独な男」遺伝子は植物にとって極めて重要な遺伝子であり、植物の成長に影響するホルモン(サイトカイン)を活性化させる役割を担っていることがわかっていました。
多くの人々は、トゲという付属的なパーツの性質から、トゲ生成は専用の遺伝子の役割だと考えていたでしょう。
しかしバラやナスのトゲは、植物にとって重要な遺伝子の1つがトゲ生成の役割を兼任したことにより作られていたのです。
植物たちは長い時間をかけて「孤独な男」遺伝子のさまざまなバリエーションをつくって、一部の植物ではそれをトゲを作るために進化させ、そうでない植物は元通りの植物の成長を助ける役割を担い続けてきたわけです。
今回の研究により、バラやナスのトゲ(prickles)が、植物の成長において重要な「Lonely Guy(孤独な男)」遺伝子によって作られることが示されました。
研究者たちは、この遺伝子を上手く改変することで、トゲが手強い植物からトゲを奪い、農作物として使用できるようになると述べています。
今回の研究では、オーストラリアに生息する野生植物(砂漠レーズンの一種)において先駆けとなる実験も行われました。
この植物は甘い果実を実らせますが、トゲに相当する組織があることが知られています。
しかし研究者たちがこの野生植物から「孤独な男」遺伝子を取り去ったところ、そのトゲがなくなりました。
もし同様の手法でトゲの存在がネックになっている植物を操作できれば、人類の食卓はより豊かなものになります。
また「イノベーションは全く新規のもの(遺伝子)を開発するのではなく、古いものを新しい方法で再利用することでも達成できる」という実例が人間のビジネスではなく植物世界で広くみられるという結果も、興味深いものと言えるでしょう。
元論文
Convergent evolution of plant prickles by repeated gene co-option over deep time
https://doi.org/10.1126/science.ado1663
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部