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こうしたリスク行動を取るか否かを決める際、男性は”リスクの大きさ”と”期待できる利益”とを天秤にかけます。
ただしこのプロセスはあくまでも主観的な判断であり、さまざまな要因に左右されます。
中でも進化生物学的な観点からすると、オスがリスク行動を取る最大の目的は「意中のメスを勝ち取ること」です。
リスク行動が取れることは、そのオスが遺伝的に質の高いことを示し、潜在的な交尾相手(メス)に対する魅力を高めるからだと進化論的には説明されています。
わかりやすく言えば、オスが「どうだ、オレはこんなに危ないことができるほど勇敢なんだぞ」とアピールすることで、メスの方も「この相手なら頼りがいがあって、家族を守ってくれるかもしれない」と感じるようになるわけです。
これは人の世界でも同じことでしょう。
一つの例として『101回目のプロポーズ』を思い出してみてください。
武田鉄矢さんがトラックの前に飛び出して「僕は死にましぇん!」と命懸けの告白をしたのも、リスク行動を見せることで浅野温子さんの心に訴えかけたのでした。
このように男性は女性のハートをつかむためにリスク行動を取るわけですが、女性の前でならいつでもリスクを冒すわけではありません。
異性として興味のない女性の前でリスク行動を取っていては、命がいくつあっても足りませんからね。
これまで男性が危険を冒す決め手として注目されてきたのは、主に顔やスタイルの美しさといった視覚的な女性の魅力でした。
見た目の魅力は、男性が「この女性を射止めたい」と思う第一の指標です。
その一方で、研究チームは「女性の声の高さ」という聴覚的な手がかりがあまり注目されていないことに気づきました。
しかし、声の高さは男性が潜在的なパートナーを見つける上で非常に重要な要因です。
まだ繁殖能力のない子供のうちは男女の間に声の高さの差がありません。
ところが繁殖が可能になる思春期頃から声変わりが起こり、男性は低く、女性は高いままを維持します。
この声の高さの違いこそ、男女がお互いを潜在的なパートナーとして識別する指標となります。
過去の心理研究でも、女性は男性のロートーンなイケボに惹かれやすく、男性は女性のハイトーンな美声に惹かれやすいことが十分に示されてきました。
そして年齢を重ねて老齢に差しかかると、今度は女性の方も声が徐々に低くなっていきます。
これは年齢によって繁殖能力が落ち、もはや異性にアピールする必要が(生物学的には)なくなることが一因でしょう。
こうした背景を踏まえてチームは今回、「女性の声の高さが本当に男性のリスク行動を誘発させるのか」を実験で検証することにしました。
これには第一に、進化生物学的に男性には女性の声の高さによってリスク行動を取りやすくなる性質が備わっているのかどうかを調べる目的があります。
さらにチームはもう一つ、社会文化的な要因の影響も調べることにしました。
私たち人間は本能で動く野生動物とは違い、社会文化に根ざした道徳規範や習慣によって自らの選択を柔軟に変えています。
例えば、ある文化圏で「女性が男性のリスク行動を嫌う」背景があるとするなら、男性は女性の高い声にさらされても、リスク行動を取らない可能性が考えられるのです。
チームはこれら進化生物学的な要因と、社会文化的な要因の2つを検証することにしました。
最初の実験では66名の健康な男性(平均年齢22歳)を参加者として募りました。
彼らには女性の声でナビゲートされるVR(仮想空間)の運転シミュレーションに取り組んでもらいます。
男性は2つのグループに分けられ、一方は女性ナビゲーターの声を低いロートーンに、もう一方は声を高いハイトーンに設定しました。
この条件のもと「ストップライト課題」というタスクを行います。
このタスクは運転する車が交差点に近づくと自動的に信号が黄色に変わるようにデザインされており、男性は黄色信号をそのまま直進するか止まるかを選択しなければなりません。
ここで男性が黄色信号を直進した回数がリスク行動の指標となりました。
2つ目の実験では120名の健康な男性(平均年齢21歳)を対象に、リスク行動における社会文化的な要因の影響を調べています。
参加者は同じく2つのグループに分けられ、一方は高い女性のガイダンス音声を、もう一方は低い女性のガイダンス音声を聞かされます。
実験は中央に黒板だけがある何もない部屋(VR)で始まりました。
ここでは女性ガイダンスの声がスマートボイス製品を紹介し、参加者はその声の魅力を評価します。
これに続いて、参加者に2種類のテキストのいずれかをランダムに振り分け、それを読んでもらいました。
一方のテキストには「女性は勇敢で強く、健康的でスポーツ好きであり、男らしい男性を好む」という、男性のリスク行動を誘発するような文章が書かれています。
もう一方のテキストには「女性は忍耐強く家庭的で、親切であり気配りができ、成熟した男性を好む」という、リスク行動を抑制するような文章が書かれています。
この状態で男性たちは高層ビルの屋上(VR)に移動し、空中に差し出された長さ3メートルの木の板の上を端まで歩くように女性の音声で指示されました。
ここでは男性たちが木の板の上を歩く速度がリスク行動の指標とされています。
1つ目の実験の結果、ハイトーンな女性の声を聞いた男性たちは、ロートーンな女性の声を聞いた男性たちに比べて、黄色信号を直進する回数が一貫して多くなっていることが判明しました。
これは男性が進化生物学的に、高い女性の声にさらされるとリスク行動を取りやすくなる性質を持っていることを示唆するものです。
「黄色い声援」という言葉があるように、やはり男性陣は女性の高い声にテンションが上がってしまうのかもしれません。
ところが2つ目の実験の結果、男性がリスク行動を取るか否かは社会文化的な要因によって左右されることが示されています。
高い声の女性ガイダンスを聞いた男性のうち、「女性は勇敢で男らしい人が好きだ」というテキストを読んだグループでは、先の実験と同様にリスク行動を取る確率が高まっていました。
しかし「女性は忍耐強くて落ち着いた人が好きだ」というテキストを読んだ男性では、高い声の女性ガイダンスにさらされても、リスク行動を取る傾向が大幅に低くなったのです。
以上の結果をまとめると、次の結論が導き出せます。
男性には女性の高い声を聞くと危険を冒したくなる性質が進化生物学的に備わっているものの、「女性が落ち着いた男性を好む」という文化的な背景があることを知っていると、男性は女性の高い声を聞いてもリスク行動を取らなくなる
つまり、男性がリスク行動を取るか否かは進化上の要因に加えて、社会文化的な要因も大きく影響していたのです。
男性は確かに、女性のハイトーンな美声を聞くと危険を冒したくなるようですが、女性が「危ないことをする男は嫌い!」とわかっていると、男性も女性の高い声に釣られずに自制心を保てるようです。
参考文献
High-pitched female voices encourage male risk-taking, but only if men think it boosts their attractiveness
https://www.psypost.org/high-pitched-female-voices-encourage-male-risk-taking-but-only-if-men-think-it-boosts-their-attractiveness/
元論文
The siren’s call: Exploring the impact of female voice pitch on male risk-taking behavior
https://doi.org/10.1016/j.paid.2024.112808
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部