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私たちが過去に経験した思い出や出来事はすべて「記憶(Memory)」の一語でまとめることができますが、その種類は一つではありません。
記憶には大きく分けて2つのタイプがあります。
1つ目は「長期記憶」です。
長期記憶とはその名の通り、ある程度の長いスパンから一生涯にわたって保持される記憶のことで、さらに以下の3つのカテゴリーに分けられます。
・意味記憶:言葉の意味や知識についての記憶。
家族やモノの名前であったり、「勇気」という言葉の意味であったり、「1日は24時間である」という知識についての記憶です。
・エピソード記憶:個人が経験した過去の出来事についての記憶。
「昨日はどこで誰と何を食べたか」とか「学生時代はどんな勉強をしていたか」といったエピソードについての記憶です。
また自然災害がいつ起きたかという社会的な出来事の記憶もこれに含まれます。
・手続き記憶:物事のやり方や手順についての記憶。
自動車の運転の仕方であったり、水中での泳ぎ方であったり、パソコンの使い方であったりと、身についた技術についての記憶です。
そして2つ目は「短期記憶」です。
短期記憶とは、数秒〜数時間という短い時間だけ続く記憶のことを指します。
これは今まさに取り組んでいるタスクを正常に遂行するのに必須です。
例えば、小説を読んでいるときに、前のページの文章内容を覚えていることで、物語の内容を自然と理解することができます。
また友だちに電話番号を聞き、登録するまでの数十秒間だけ覚えておくのにも短期記憶が使われます。
他にも暗算をするときなど、頭の中で一時的に数字を覚えておけるのも短期記憶のおかげです。
このように短期記憶は今取り組んでいる作業のために一時的に保持される記憶でありますが、まさにこの短期記憶こそが「瞬間的なド忘れ」に関わっているのです。
その理由について米マサチューセッツ工科大学(MIT)の神経科学者であるアール・ミラー(Earl Miller)氏は、短期記憶にまつわる2つの特徴をもとに説明しています。
まず第一に「短期記憶は保持できる容量が限られている」ことです。
ミラー氏によると、これまでの研究で人が一度に保持できる短期記憶は4〜7個だけであることが示されています。
さらに私たちの脳は4〜7個の短期記憶をすべて同時に意識できるわけではなく、一つの記憶からもう一つ別の記憶へと飛び回るように意識しているといいます。
その中で何とか保持していた短期記憶の一つが意識から抜け落ち、忘れてしまうことがあるのです。
そして第二に「脳は新しい情報を記憶するスペースを確保するため、重要でない短期記憶はすぐに消してしまう」ことが要因としてあります。
つまり先ほど話したように、脳がいくつかの短期記憶に対して、ジャグリングするかのように意識を向け変えていると、その過程で重要でないものはすぐに消去されてしまう可能性があるのです。
ミラー氏は「もし脳の注意力が短期記憶のうちの一つに集中したり、どこか別の物事に逸れたりすると、脳は先ほどまで考えていたことを見失ってしまう」と説明。
「まさに(短期記憶という)ボールの一つを落としてしまうから、今さっきまで取り組もうとしていた物事を突如として忘れてしまうのです」と話します。
そしてこうした瞬間的なド忘れが起きるのは大抵、マルチタスクをしようとしたときや別の出来事が急に意識に横入りしてきたときです。
例えば、iPodで音楽を聴きながら料理をしているときなど。
別のアーティストのアルバムに変えようと思ってiPodをいじり始めると、「あれ、塩入れたっけ?」と料理をどこまで進めていたか失念してしまうのです。
また自分からはマルチタスクをしようとしない場合でも、外部から意識に横やりが入ることがあります。
例えば、洗濯物を取りに行こうとしてソファから立ち上がったときに、友人からメールが来て、そちらに意識が向いてしまうと、「洗濯物を取りにいく」という短期記憶が意識からスリ落ちてしまうことがあるのです。
では「瞬間的なド忘れ」に対処するにはどうすればいいのでしょうか?
こうした「瞬間的なド忘れ」は誰にでも日常的に起こり得ることなので、一生涯にわたって上手く付き合っていかなければなりません。
そこでミラー氏は先行研究のエビデンスに基づいたヒントを提示しています。
1つ目は「マルチタスクを控える」ことです。
複数の作業を同時並行で進めることは、脳の中で短期記憶が混乱する元凶となります。
イメージとして例えるなら、普通は3個のボールでジャグリングするところを10個のボールで行うようなものです。
そんなことをすれば、いくつかのボール(短期記憶)を手元から落としてしまうのは必然でしょう。
そのため、瞬間的なド忘れを防ぐにはまず、マルチタスクを意識的に回避することが大切です。
しかしマルチタスクを回避しても、先ほど言ったように、急な横やりが外から入ることで物事を忘れてしまう場合があります。
これは本人のせいではないのでどうしようもありません。
そんなときには「文脈を一から再現してみることが記憶の復元に役立つ」とミラー氏は話します。
どういう方法かというと、今やろうとしていたことをド忘れする前のシチュエーションに立ち返って、何をしようとしていたのかを辿り直してみるのです。
例えば、洗濯物を取りに行こうとしてソファから立ち上がったものの、友人からのメールが来たことでド忘れしてしまった場合。
もう一度ソファに座り直して、そのときに頭の中に抱いていた思考を辿り直してみるのです。
「まず、ソファに座ってテレビを見ていたよな…それで、ふと外を見ると陽が暮れてきていた…テレビを見始めてからだいぶ時間が経ったんだな〜と思って、何かしなければならないと思い至った…そうだ!洗濯物を取りに行こうとしたんだ!」
というふうに思考を辿り直すと、ド忘れしてしまった記憶を思い出しやすくなるようです。
参考文献
Why do we forget things we were just thinking about?
https://www.livescience.com/health/memory/why-do-we-forget-things-we-were-just-thinking-about
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部