喜びや悲しみの感情表現ができる動物はたくさんいます。

しかしその中で「顔が赤くなる」のは私たちヒトに特有の現象です。

赤面の謎はダーウィンの時代から続いており、実はいまだに「どのような仕組みで顔が赤くなるのか」が解明されていません。

従来の見解では、脳内の「他人からどう見られているかを気にする意識」が引き金になっているのではないかと考えられてきました。

ところがオランダ・アムステルダム大学(University of Amsterdam )の最新研究で、赤面は「他人の考えを気にする」ことよりも「自己認識が高まる」ことが引き金になっている可能性が示されたのです。

一体どういうことでしょうか?

研究の詳細は2024年7月17日付で科学雑誌『Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences』に掲載されています。

目次

  • 赤面はなぜ起こる?ダーウィンの仮説とは
  • 「他人からどう思われるか」は無関係だった?

赤面はなぜ起こる?ダーウィンの仮説とは

顔が赤くなる現象は、心理的に敏感になりやすい思春期において多くの人が経験するものです。

また思春期にかぎらず、大人になってからも時と場合によって赤面を経験したり、日常的に赤面症に苦しんでいる方が少なくありません。

このように赤面は多くの人が経験しているにも関わらず、「それが起こるために必要な認知能力が解明されていない点で非常に興味深い現象です」と研究主任の一人で、発達心理学者のミリカ・ニコリック(Milica Nikolic)氏は話します。

赤面に関する問題は非常に古く、イギリスの著名な自然科学者であるダーウィンの時代から議論されてきました。

ダーウィンはこの問題について、「赤面は他人が自分のことをどう思っているかを気にしたり、考えるときに起こる現象である」と主張しています。

赤面を引き起こす脳の仕組みとは? / Credit: canva/ナゾロジー編集部

この指摘は現在でも有力な説明となっていますが、その真偽は明らかにされていません。

そこで研究チームは今回、被験者に赤面を誘発させながら脳内スキャンをし、赤面の誘発に関わっている脳領域を特定することを試みました。

カラオケ実験で赤面を誘発させる

今回の実験では、心理的に過敏であることが知られている若い女性を対象としました。

実際に協力してもらったのは16〜20歳までの女性40名です。

ニコリック氏は「この年齢の女性たちは他人の意見に敏感で、拒絶や間違った印象を与えることを不安がるため、赤面を起こしやすいことが知られている」と話します。

そこでチームは彼女たちに2つの実験セッションに参加してもらいました。

まず1つ目は「カラオケ実験」です。

ここでは女性たちにうまく歌うのが難しい曲(※)をあえて歌ってもらい、その様子をカメラで撮影しました。

(※ 例えば、映画『アナと雪の女王』の主題歌である「Let It go」、アデルの「Hello」、マライア・キャリーの「All I Want For Christmas Is You」、タトゥーの「All The Things She Said」など)

女性たちは何度も歌詞を間違ったり、ぎこちない笑顔や神経質な声を出しています。

女性たちにカラオケで難しい曲を歌ってもらう / Credit: canva

そして2つ目は「赤面誘導」です。

女性たちにはカラオケ実験から1週間後に実験室に来てもらい、自分自身がカラオケで歌っている映像を見てもらいました。

またその映像の他に、同じレベルで歌を歌った他の参加者の映像と、参加者に扮して紛れ込んだプロのシンガーの映像も見てもらっています。

また映像を見ている間は両頬に温度センサーを貼り付けて赤面が起こっているかどうかを記録。

それから参加者には「今、他の参加者も別の場所であなたの歌っている映像を見ている」と言って、赤面を起こしやすい心理状態を促しています。

そしてこれらの実験はMRIスキャナーの中に入った状態で行われ、映像を見ている際の脳活動がリアルタイムで測定されました。

では、どの脳領域が赤面を引き起こしていたのでしょうか?

「他人からどう思われるか」は無関係だった?

実験の結果、チームの予想通り、女性たちは他の参加者のカラオケ映像より、自分の歌っている映像を見ているときに赤面しやすいことが観察されました。

ところが脳内スキャンのデータを見ると、予想外の結果が見られています。

女性たちが赤面を起こしているときには、近年の研究で感情的興奮の処理と関連している「小脳」が活性化しており、さらに資格情報を処理する「視覚野」の活性化が確認されました。

これは彼女たちが自分自身のカラオケ歌唱の姿に細心の注意を払っていることを示しています。

その一方で、ダーウィンが指摘していたように、他人の感情や思考を推測し、理解しようとする働きに関わる脳領域には何の変化も見られなかったのです。

この結果からチームは、赤面が起こるプロセスには「他人がどう思っているか」を気にする脳活動は関係していない可能性が高いと述べました。

そうではなく、赤面は「自分で自分を認識する意識が過剰に働いている」ことが引き金になっていると考えられるようです。

「他人からどう思われているか」を考える脳領域は働いていなかった / Credit: canva

顔が赤くなっているときに「他人がどう思っているか」を気にすることは確かにあります。

しかし、そこで気にしている「他人」というのは結局のところ、自分自身が勝手な基準で作りあげた他人(つまりは自分)であって、本当に「誰かがどう思っているか」を気にしているわけではないのではないでしょうか。

例えば、私たちが「自分の失態を誰かに見られた気がする」と思って赤面するとき、その「他人の視線」の正体は実は「自分の視線」であり、自分で自分を監視する意識が強まっているのかもしれません。

そうした自己認識の高まりが小脳の感情的興奮の刺激反応を起こし、顔が赤くなる現象につながるものと予想されます。

今後の課題

その一方で、チームは「この結果はまだ慎重に解釈するべきである」と述べています。

今回のような参加者の性別・年齢や赤面を誘導する条件が限定されている状態では、赤面に関わる脳の働きを完全に解明したとは言えません。

そこでチームは今後、幅広い年齢層や実験条件でのさらなる調査を進めたいと考えています。

それによって得られた知見は、赤面症に苦しむ方々の助けともなるかもしれません。

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参考文献

Singing for science: using karaoke to examine blushing
https://www.uva.nl/en/shared-content/faculteiten/en/faculteit-der-maatschappij-en-gedragswetenschappen/news/2024/07/using-karaoke-to-examine-blushing.html?cb

Scientists are surprised by the real reason people blush
https://www.zmescience.com/medicine/mind-and-brain/scientists-are-surprised-by-the-real-reason-people-blush/

元論文

The blushing brain: neural substrates of cheek temperature increase in response to self-observation
https://doi.org/10.1098/rspb.2024.0958

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 「恥ずかしいと赤くなる理由」意外な脳領域がオンになっていた!