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研究者たちはこの概念を「望遠鏡を過去に送り、目の端で見た流れ星を捉えることができるのと似ていると」説明しています。
日常の常識では過去に戻ることは禁じられていますが、新たな量子センサーはこのルールを思わぬ方法で回避することができます。
研究内容の詳細は2024年6月27日に『Physical Review Letters』にて発表されました。
目次
タイムトラベルのアイデアは、長年SFファンを魅了してきました。
現行の物理学のアイデアによれば、未来への旅行は、少なくとも光速に近い速度で移動すれば技術的には可能ですが、過去に戻ることは不可能です。
しかし新たな研究では、量子もつれを利用してタイムトラベルの概念を組み込んだ量子センサーが作れることを実証しました。
この量子センサーは弱い測定と強い測定という異なる2つの測定を利用し、強い測定によって発生した影響を、もつれが生成された過去に送り込むことで、まるでセンサーの検知が失敗したかのように過去を改変する挙動をみせます。
研究ではまず、地球のようにクルクル回転する性質がある粒子(電子など)が用意されました。
地球の場合、回転軸はおおむね北極星の方向を向いているように、粒子たちも外部から磁力などの力が加わらない限り、一定の方向に回転軸を向け続けます。
次に研究者たちは、1組の粒子を量子もつれ状態にしました。
もつれ状態になった粒子は、一方の軸が上向きならばもう一方は下向きになるという関係性を持っています。
日常世界では観測する前から粒子の方向は「決まっている」と考えられますが、量子の世界では観測が行われるまでは、どちらの粒子が上向きか下向きかの情報は宇宙に存在していないとされています。
そして観測を行うことで一方の状態が確定すると、その情報は一瞬でもう一方の粒子に伝達され、もう一方の粒子の状態が宇宙に出現する(確定する)ことになります。
観察するまで情報が存在しないという考えは多くの人々にとって不快かもしれませんが、多くの実験によって事実であることが判明しています。
また興味深いことに以前に行われた研究では、特定の条件では、この量子もつれの性質が数学的には、観測による影響がもつれが生成された過去までタイムトラベルし、もう一方の粒子のスピン方向を変えると解釈しても問題ないことも示されています。
上の動画は論文の著者自身が作成したものであり、もつれ状態にある一方の粒子(右)の観測の影響が過去に遡って、もう一方の粒子(左)に影響を及ぼしている様子を示しています。
新たな研究ではこのタイムトラベルの概念を発展させ、量子センサーの精度を上げる方法として取り入れられています。
ではタイムトラベル量子センサーがどのように機能するかをみていきましょう。
タイムトラベル量子センサーを作るには、まず1組のもつれ状態にある粒子を生成します。
このもつれ状態にある粒子のうち、センサーとして検知に用いられる粒子が左側、自分の手元にあるのが右側となります。
ここまでがステップ1の段階になります。
次に一方のセンサーとして機能する粒子を磁場にさらします。
すると粒子のスピン方向が変化します。
先に述べたように、この量子センサーはスピン方向の変化の様子を調べることで機能します。
そして、もう一方の粒子に対して、もつれが破壊されない程度に観察を行い、磁場にさらされた粒子の方向に関する情報を得ます。
弱い測定とはもつれが破壊されない程度の強度で測定を行うことを意味します。
シュレーディンガーの猫の箱を薄目でこっそり覗き見るのと近いと言えるでしょう。
弱い測定で得られる情報は強い測定よりも少ないですが、状態に関する情報をある程度得ることが可能です。
この奇妙な特性により、弱い測定は現在の量子力学において最も注目されている手法の1つとなっています。
ここまでがステップ2になります。
ただこのままでは、通常の弱い測定にもとづく量子センサーと何ら変わりありません。
問題はここからです。
上の動画のように、粒子のスピン方向の変化を使って磁場を検出する場合、磁場がスピン方向に対して斜めにある場合なら問題ありません。
しかしスピン方向に対して磁場が平行または逆平行の場合、スピン方向が変化してくれないため、磁場があるかどうか検出ができません。
そのため通常の量子センサーの場合、ある確率(およそ3分の1)で検出が失敗してしまい、磁場を検知できる成功率は3分の2となります。
そこで研究者たちは、磁場の検出に失敗した場合などに、弱い測定結果とは絶対に異なる結果しか得られない「恣意的な強い測定」を行いました(ステップ3)
日常のマクロな世界では、恣意的な測定はインチキとなりますが、量子の世界では気にすることはありません。
むしろ量子の世界での恣意的な測定は、量子の仕組みを解明したり、情報を送信するためのツールとして非常に有用だと考えられています。
すると磁場にさらされている粒子は、弱い測定のときに得られたのとは違うスピン方向、つまり磁場と平行や逆平行にならない状態に、無理やり、状態が確定します。
磁場と平行や逆平行になっていなければ、磁場の向きを正確に測ることも可能です。
つまり弱い測定で失敗を事前に知り、未来で行う強い測定でそうならないように粒子のスピン方向を上書きするわけです。
すると、強い観測の影響が量子もつれが生成された過去に遡り、さらに磁場にさらされている粒子のスピン方向を、センサーが検知できる方向に改変できます。
上の図では手元にある粒子に恣意的な測定を行った影響が、もつれ生成時に遡り、磁場にさらされている粒子のスピン方向を変える様子が示されています。
これにより、弱い測定では検知に失敗したと判断される状態から、検知に成功する状態へと現実を書き換えることができます。
研究者たちはこの一連の流れがタイムトラベルの概念を含んでいると述べています。
この方法は、弱い測定によってもたらされた状況を強い測定で上書きしたに過ぎないため、因果律も破らずに済みます。
また興味深いことに、弱い測定で得られた結果はこの瞬間、強い測定で得られた事実を別の側面から見ていたに過ぎないことが「判明」します。
たとえば弱い測定で曖昧な「犬」のシルエットに見えていたものが強い測定によって否定され「人」である事実が確定したとします。
すると犬の耳のように見えていた部分が寝ぐせだったり、犬の尻尾のように見えていた部分が長すぎるベルトが垂れていたものだったことが「新発見」されてしまうのです。
このような書き換えは、タイムトラベルの視点を取り入れると、うまく説明することが可能です。
また研究ではこの仕組みを利用することで、測定が失敗する確率を大幅に減らすことができると述べています。
量子センサーは一度使うともつれが破壊され、再度使用するには再びもつれ状態の粒子を補充しなければなりません。
量子もつれを作成するのは以前に比べて容易になったとはいえ、一定のコストがかかります。
新たに開発された仕組みを使って観測の成功率を上げることができれば、量子資源の節約にもなるでしょう。
参考文献
Researchers demonstrate how to build ‘time-traveling’quantum sensors
https://phys.org/news/2024-07-quantum-sensors.html#google_vignette
元論文
Agnostic Phase Estimation
https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.132.260801
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部