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このような例文を用いる理由は、抽象的な数学の概念について、子供が簡単にイメージできるようにするためです。
しかし、上述したような問題については、あめを分け合ったり、買い物を自分でするなど実世界での経験が乏しい子供だとイメージが難しくなる可能性があります。
では、これら実世界の経験に関わる問題文では、その内容によって子供たちのテストの結果そのものに影響が及ぶことはあるのでしょうか。
マスク氏ら研究チームは、この点を調べるため、2007年と2011年の国際数学・理科教育動向調査(TIMSS:小・中学生を対象とした国際比較教育調査)のデータを用いて調査を行いました。
調べられたのは、58カ国の4年生(平均9.5歳)と8年生(平均13.5歳)の生徒500万人以上のデータです。
そして、以下に示すような数学(算数)問題の題材と、正解率、子供たちの家庭環境などの条件の関係について調べました。
すると、興味深いことに特定の問題文の出し方に対して、家庭の所得が有意に関連性を持つと示されたのです。
分析の結果、所得の違いが、特定の題材の問題の正解率に大きな影響を与えると分かりました。
最も所得が低い層の子供たちは、最も所得が高い層の子供たちに比べて、お金、食べ物、社会的関係の題材で、正解率が下がりました。
なんと、その題材が扱われているというだけで、4年生で18%、8年生で16%も成績が下がったのです。
そして成績の差が最も顕著に表れたのは食べ物に関する問題であり、低所得者層の子供たちの得点は22%も低くなりました。
「カエルが5匹いて……」という問題を「ドーナツが5個あって……」という問題に変更するだけで、一部の子供たちの得点が22%も下がるというのだから驚きです。
ちなみに最も影響が少なかったのは社会的関係の題材でしたが、それでも12%の違いが生じました。
では、どうしてこのような違いが生じたのでしょうか。
今回の研究は統計調査に留まるため、実際の因果関係についてはまだ明確ではありませんが、研究チームは、以下のような原因を推測しています。
1つは、低所得層の子供では、お金や食べ物を題材にした実世界の経験が、他の子と比べて不足しており、日常生活での経験が豊富な学生との間で問題の理解力に対して差が生まれやすいということ。
もう1つは、これらの題材が自身の貧困を想起させるため、心理的負担が増大しそれが成績に悪影響を及ぼしているというものです。
これは「社会的関係」の題材でも同様かもしれません。
研究チームによると、「低所得者層の子供は、基本的なニーズを満たすために他人の顔色をうかがう場面が多い」とのこと。
そのため低所得者層の子供たちは、自分の好みよりも周囲の希望に合わせる傾向があり、こうした背景が、何らかの影響を与えている可能性も考えられるという。
いずれにせよ、算数の問題文とは子供たちが問題の意味を理解し、解決への道筋をイメージしやすくするために作られているものです。
その題材が、特定の子供たちにとって問題解決へのイメージを妨げる原因になっているとしたら大きな問題です。
今回の研究結果を考えると、「算数のテストから、食べ物やお金に関する問題は無くしたほうが良い」と感じるかもしれません。
しかし研究チームは、そうすることは「望ましいことではなく、現実的でもない」と述べています。
だからこそ彼らは、低所得者層の子供たちが抱く「お金」や「食べ物」に対する偏見を軽減するような「何らかの介入」が必要だと主張しています。
もちろん、今回の研究には、両親の教育に関するデータなどが含まれていないため、いくから限界があります。
それでも、私たちが考えている以上に、義務教育の段階においても経済的な格差は大きいのかもしれません。
参考文献
Poor students perform worse on math questions about money and food, study shows
https://www.psypost.org/poor-students-perform-worse-on-math-questions-about-money-and-food-study-shows/
元論文
Math items about real-world content lower test-scores of students from families with low socioeconomic status
https://doi.org/10.1038/s41539-024-00228-8
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部