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科学者たちはこれまでに、肉眼では見えないミクロサイズの精巧な乗り物を作り出すことに成功していました。
こうしたマイクロマシンは例えば、体内の狙った場所に薬剤を送り届ける医療目的に使用できます。
ただ問題はマイクロマシンを効率的に動かす方法がなかったことです。
そこで東京大学は今回、緑藻の一種である「クラミドモナス」をパイロットにすることでマイクロマシンを操縦させる大胆な方法に打って出ました。
研究の詳細は2024年7月7日付で科学雑誌『Small』に掲載されています。
目次
アメリカの物理学者リチャード・ファインマンは1959年に、ナノテクノロジーの到来を予言していました。
天才の目にはすでにミクロサイズのマシンが人体の血流を泳ぎ回って病気を治療したり、薬を運んだりする未来が見えていたのです。
また1966年には、ミクロ化した医師団が患者の体内に入って冒険を繰り広げるSF映画『ミクロの決死圏』が公開されました。
そしてファインマンの予言から65年の時を経た今、この技術は現実のものになろうとしています。
科学者たちは今日、人体を旅することができるミクロサイズの乗り物「マイクロマシン」を開発することに成功しているのです。
残る問題はマイクロマシンを「どうやって動かすのか?」ということでした。
マイクロマシンは人体の狙った場所にピンポイントで薬を送り届けるだけでなく、環境中の汚染物質の検出や除去など、さまざまな用途が考えられています。
しかしミクロサイズの小ささゆえに、普通の車に使えるような電池やモーターを用いることができません。
加えて、マイクロマシンが小さくなるほど、液体中を移動する際の「粘性」が支配的になり、効率的に動かすことが難しくなります。
例えば、血のような液体もマイクロマシンにとっては糖蜜のようにトロリとした粘度を帯びる可能性があるため、血流の中を進むにはそれ相応の推進力が必要なのです。
これらを踏まえて、マイクロマシンに外部電源を搭載せず、高い推進力を与えるにはどうすればいいのでしょうか?
そこで研究チームが発案した奇策は「微生物をパイロットにする」というものでした。
では、その栄えあるパイロット第一号に選ばれた微生物を見てみましょう。
チームが今回、マイクロマシンのパイロットに抜擢したのは、緑藻の一種である「クラミドモナス(学名:Chlamydomonas reinhardtii)」です。
クラミドモナスは世界中の淡水域に広く分布しており、体長10マイクロメートル(μm)ながら一秒間に100マイクロメートルほどを移動する高い遊泳能力を持ちます。
彼らの泳ぎ方は、細胞の前方に付いた2本の鞭毛(べんもう)を使った方法です。
人間が両手でクロールをするときのように2本の鞭毛を使い、水を後方に押し出すことで推進力を得ています。
加えて、複数匹が一緒になると、個々のサイズの5倍以上のマイクロマシンを引っ張るパワーもあります。
また重要なポイントとして、人間が食べてもまったく害はないことも指摘しておくべきでしょう。
(余談ですが、同じ微細藻類のユーグレナは健康食品としても注目されています)
チームは彼らをパイロットにすべく、クラミドモナスの体をしっかり固定しつつ、鞭毛の動きは阻害しないミクロのかごを作製しました。
かごの幅は幅50〜60マイクロメートル(※)で、先端にいくにつれて細くなっています。
(※ 人の毛髪の幅が約100マイクロメートルなので、その半分くらいの小ささ)
ミクロのかごにクラミドモナスが乗り込んだイメージと実際の様子がこちら。
クラミドモナスは人為的にかごに入れられるのではなく、自然にかごに入るのを待ちます。
しかし後方へは進めないので、かごに入ったら自ら出ることはできません。
チームは実験として、2種類のマイクロマシンを作製し、クラミドモナスに操縦させてみました。
1つ目は「スクーター(Scooter)」と呼ばれるマイクロマシンで、前方に2つのコックピット(かご)がついており、後方に四角い格子状の箱がついた逆三角形をしています。
2つ目は「ローテーター(Rotator)」と呼ばれるマイクロマシンで、十字の先端に計4つのコックピットがついており、観覧車のような形をしています。
こちらが両者のイメージ図。
まずはスクーターにクラミドモナスを搭乗させてみたところ、動きこそしたものの、チームが期待したほど真っ直ぐには進まないことがわかりました。
おそらく2匹のパイロットの動きが協調しなかったことで、右へ行ったり左へ行ったりとぎこちない走行になったようです。
こちらが実際の映像。
しかしながら、2つ目のローテーターは予想以上に見事な動きが確認できました。
すばやく動く観覧車のように、スムーズで調和の取れた回転運動に成功したのです。
ローテーターはあらぬ方向に大きくふらついたりすることもなく、平均20〜40マイクロメートル毎秒のスピードで安定して回転を続けたといいます。
こちらがその映像。
これらの知見はどのようなマイクロマシンの形状やコックピットの配置、クラミドモナスの数であれば、スムーズな推進が可能になるかを模索する貴重なヒントとなります。
チームは現在、クラミドモナスの操縦するマイクロマシンをより速く、より正確に動かすための方法を研究しているとのこと。
また実用化のためには、パイロットたちがどのくらいの期間生存し、マイクロマシンの操縦を続けることが可能なのかも明らかにする必要があります。
しかし今回の研究で、微生物がマイクロマシンのパイロットとして十分な適性を備えていることが確かめられました。
未来のナノ医療では、この小さなパイロットたちが私たちの病気を治してくれるかもしれません。
参考文献
微生物によって動く小さなマシン~微細藻類によってマイクロマシンを駆動する方法を開発~
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/z0114_00047.html
These Tiny Vehicles Are Being Driven By Something You’d Never Guess
https://www.sciencealert.com/these-tiny-vehicles-are-being-driven-by-something-youd-never-guess
Watch: World’s smallest chariot pulled along by single-celled algae
https://newatlas.com/biology/algae-micromachine-worlds-smallest-horse-cart/
元論文
Harnessing the Propulsive Force of Microalgae with Microtrap to Drive Micromachines
https://doi.org/10.1002/smll.202402923
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。
他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。
趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部