2023年に大きな話題となった「旧ジャニーズ事務所の性加害問題」

このニュースは国内のみならず海外にも波紋を広げ、多くの注目を集めました。

新聞・テレビ・SNSを含め、さまざまな意見が飛び交っていたことが記憶に新しいかと思います。

では当時、このジャニーズ問題を受けて、世論はどのような動きを見せていたのでしょうか?

立命館大学を中心とする研究チームが、公的なマスメディアとソーシャルメディアを主軸に分析を実施。

その結果、ジャニーズ問題に関する世論では、多数派意見の逆転現象が起きていたことがわかったのです。

一体どういうことか、詳しく見てみましょう。

研究の詳細は2024年6月28日付で科学雑誌『PLOS ONE』に掲載されています。

目次

  • 「沈黙」が多数派、「糾弾」は少数派だった
  • ジャニーズ事務所を糾弾する声が多数派に!
  • 擁護するファンが多かったのもエコーチェンバーの側面

「沈黙」が多数派、「糾弾」は少数派だった

旧ジャニーズ事務所(現・SMILE-UP.)による性加害問題は非常に根の深い問題です。

加害者となったのは旧ジャニーズ事務所の創設者で社長でもあった故・ジャニー喜多川(1931〜2019)。

彼は同所を設立した1970年代から2010年代にかけて、長期にわたり多数のジャニーズJr.に対して性加害を繰り返したのです。

旧ジャニーズ事務所の本社ビル(2023年10月6日の社名ロゴ撤去前) / Credit: ja.wikipedia

当時からジャニー喜多川による性加害の噂は存在し、古くは1980年代に告発本が出るなど、少数ながら問題を糾弾する人たちもいました。

しかしながら、この問題がテレビ・新聞などの公的なマスメディアで広く取り上げられることはなく、世間的にも黙殺された状態が続いていました。

また姉の故・メリー喜多川(1927〜2021)は性加害行為を知っていながら放置・隠蔽し、事務所側も適切な対応を行わなかったため、長きにわたって多くの被害者が出ることになります。

このように旧ジャニーズ事務所の性加害問題はずっと、沈黙が多数派意見を占め、糾弾が少数派意見となっていたのです。

BBCのドキュメンタリーで潮目が変わる

ところが2023年3月になって、イギリスの公共放送BBCが「J-POP の捕食者 秘められたスキャンダル」というドキュメンタリー番組を放送。

この番組は日本において性加害が問題化されないこといまだに沈黙を保っていること自体が「なにより恥ずべきことだ」と痛烈に批判するものでした。

これを機に、日本国内でもようやくジャニー喜多川による性加害問題が表面化されることになります。

ではその後、国内のマスメディアとソーシャルメディアはどのような反応を見せたのでしょうか?

研究チームは今回、世の中の議論の盛り上がりについて、大量のデータを用いて分析を行いました。

ジャニーズ事務所を糾弾する声が多数派に!

データ分析の結果、2023年3月のBBCによる報道後、性加害問題に対する沈黙はソーシャルメディアTwitter(現X)のユーザーによって最初に破られていたことがわかりました。

これは問題の報道について低調の姿勢を貫いていたマスメディア(特にテレビ・新聞)より早かったといいます。

Xユーザーが最初に糾弾の声をあげ始めた / Credit: canva

その後、SNSを中心とする世論は一挙に「糾弾」が優勢となり、さらにこの世論の情勢を公的なマスメディアが報じることで、全国的に糾弾の声が多数派を占めるようになりました。

これと対照的に、ジャニーズ事務所を擁護する声は少なくなっています。

つまり、ジャニーズ問題に関する世論は、従来の「沈黙が多数派、糾弾が少数派」から「糾弾が多数派、沈黙が少数派」というように多数派意見の逆転現象が起きていたのです。

なぜ世論の逆転現象が起こり得たのか?

この世論の逆転現象について、研究者たちは非常に興味深いケースだと話します。

というのも伝統的なメディア理論からすると、少数派の世論は表面化されず、世間的には不可視の状態が続く傾向があるからです。

これを「沈黙のらせん理論」と呼びます。

沈黙のらせん理論とは、名前ほど小難しい話ではありません。

簡単にいいますと、私たちは常に世間で主流となっている意見を気にしており、自分の意見が多数派と一致していれば、自分の意見を公に表明する傾向が強まるが、自分の意見が少数派であれば、公での表明を控える傾向があるという理論です。

この心理プロセスを支えているのは「孤立するのが怖い」という恐怖です。

自分の意見が多数派であれば、安心して意思を表明できますが、少数派だと社会的に孤立したり、批判されたりするのが怖くなって、意見を差し控えるというわけです。

実際に、長年にわたって続いてきた「ジャニーズ問題への沈黙」は、この理論で説明できるものでした。

なぜ少数派が声を上げられたのか? / Credit: canva

それがなぜ逆転現象が起こり得たのか?

この要因について研究者たちは「SNSという現代ならではのメディアの効力が大きい」と話します。

というのもSNS(今回は主にX)では、たとえ自分の意見が少数派であっても、似た意見を持つ人同士で閉じたコミュニティを形成することができるからです。

SNSにはユーザーの検索・閲覧履歴を踏まえて、最適な情報や他ユーザーを「おすすめ」として表示する機能があります。

そうした同じ意見ばかりが飛び交う環境に身を置いていると、たとえ少数派に属していても自分の意見に自信がついてきて、孤立への恐怖を感じにくくなり、意見を発信しやすくなるのです。

この心理作用は「エコーチェンバー現象」と呼ばれています。

まさに今回のジャニーズ問題では、SNSに特有のエコーチェンバーが働いたことで、沈黙を貫いていた糾弾派が表面化し、大々的に問題を追及する世論へと変わっていったのです。

ただし、このエコーチェンバーは常にポジティブな要因として働くわけではないという点に注意が必要です。

擁護するファンが多かったのもエコーチェンバーの側面

世間で糾弾が多数派意見となる中で、今回の騒動ではSNSにおいてジャニーズ事務所を擁護するグループも形成されていました。

これを担っていたのは主に、ジャニーズ事務所のコアなファン層の人々でした。

旧ジャニーズ事務所性加害問題をめぐる X ユーザの分断 / Credit: 立命館大学 –旧ジャニーズ事務所性加害問題をめぐるニュースメディアとX(旧Twitter)の反応をビッグデータから明らかにしました(2024)

ジャニーズ事務所に対して、長年愛着と信頼を持っていたコアなファンが擁護に回ること自体は、それほど不思議なことではないかもしれません。

しかし、世論の批判が高まる中でも、一部のファンたちが強硬に事務所擁護のグループを形成していた要因は、今回の事件の沈黙多数の世論を破ったのと同様に、SNSのエコーチェンバーが原因だったと考えられます。

熱心なファンたちは、SNS上で同じ意見を持つ仲間たちに囲まれていたため、世論と逆行した意見を出すことへの恐怖や孤立感が減少していたのだと考えられます。

つまりエコーチェンバーは常にポジティブな要因として働く現象ではなく、誤った意見を拡散したり、世論を捻じ曲げようと働く危険性があるのです。

そのため研究者も、エコーチェンバーが特定の見解を強化し、誤った情報や偏った視点を広めるリスクについて指摘しており、慎重な情報の取り扱いが重要であるとしています。

以上がジャニーズ騒動の渦中で起こっていた「世論の変化のダイナミズム」でした。

最も注目すべきは、SNSという現代ならではのメディアの力(=エコーチェンバー)によって、多数派意見の逆転が起き得ることが確認できた点です。

研究チームはこの知見を受けて、複数の異なる世論がどのように相互作用し、世の中で主流となる論調がどのように変化するかを予測するヒントとなるだろうと話しました。

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参考文献

旧ジャニーズ事務所性加害問題をめぐるニュースメディアとX(旧Twitter)の反応をビッグデータから明らかにしました
https://www.ritsumei.ac.jp/profile/pressrelease_detail/?id=1039

元論文

Breaking the spiral of silence: News and social media dynamics on sexual abuse scandal in the Japanese entertainment industry
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0306104

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 【ジャニーズ性加害問題】メディアの沈黙を破ったのはTwitterの力だった!