- 週間ランキング
理系の学部は女性がかなり少なく男性ばかり。
日本では当たり前の光景ですが、これは世界的に共通するわけではありません。
OECDの2021年調査によると、科学、技術、工学、数学(STEM)分野の女性比率は、日本はOECD中最下位の17.5%です。
1位のアイスランドでは42.8%と約半数を占めていますし、OECDすべての国の平均も32.5%という状況です。
世界的にみると、日本ではかなり理系の女性比率が低いことが分かります。
日本の女性は数学や物理などの理系科目を苦手とするから、理系に進学しないのでしょうか?
いいえ、日本人女性の数学的なスキルは決して低いわけではありません。
Cedit:OECD
上のグラフは、各国の数学能力を測るスコアを比較したものです。
日本は男女ともにOECD中1位の数学スコアを持っています。
さらに、日本人女子の数学スコアは531.1と、2位の韓国人男子529.7よりも高い結果となっています。
日本人女子の数学スコアが著しく低いのであれば、女性が理系に進まないのは能力が関係しているといえますが、能力的には問題ないといえます。
また、諸外国でも理系は男性のほうが多い状況ですが、男女間でスコアにそこまで大きな差があるわけではありません。
このことから、理系における男女比に偏りが出るのは、能力的な問題とは別の部分に要因があると考えられます。
大正大学の日下田准教授は、女子が「自分は理系である」と思えないのは、小学校高学年における環境が大きいのではないかと指摘します。
日下田准教授は「自分は理系であると認識すること」を「理系意識を持つ」と表現しています。
同准教授の論文によると、小学校5~6年生になると女子が理系意識を持ちにくくなり、男女に差があらわれるとしています。
実際に、全国の小学生を幅広く対象とした調査では、小学校5、6年生で理系意識を持つ児童は、男子60.0%に対し、女子は37.7%とすでに差が出ていました。
この男女差は高校までずっと逆転することがなく、常に男子よりも女子のほうが理系意識を持てない状態が続きます。
論文では、なぜ「女子が理系意識を持てない」のか、従来のジェンダー研究をもとに、次の3つの観点で検証が行われました。
それぞれどのような結果となったのか紹介します。
調査によると、女子では、「算数や理科は男子の方が向いている」と考えている人ほど理系意識を持ちにくい結果となりました。
逆に男子においては、「算数や理科は男子の方が向いている」と考えている人のほうが理系意識を持っています。
先行研究によると、これは男女ともに自身の能力を低く見られるのは避けたいと考える傾向にあることが要因とされています。
理系科目が苦手な女子は、この考えを支持することにより、「能力が低いのは自分のせいではなく、性別のせいである」と受け入れやすくなるのです。
逆に理系科目が苦手な男子は「男子なのに理系科目ができないのは能力が低い」という批判を避けるために、「男子は女子よりも理系科目が得意」という考え方を否定するようになります。
今回の調査でば、「上手な勉強の仕方が分からない」と学習に対して不安が大きい女子ほど、理系意識を持ちにくい結果も出ており、女子は「算数が苦手→女子だから頑張ってもできない」と負のスパイラルに陥りやすいことが示唆されています。
異性がいない学校よりも、男女半数ずつの学校のほうが、女子が理系科目に苦手意識を持ちやすくなるといわれています。
近くにいる男性の存在が女子の理系意識に影響するのだとするなら、女子にとって一番身近な存在である父親との接触頻度は理系意識と関連するのでしょうか?
この疑問を調査した結果、女子は父親との会話頻度が高いほど理系意識を持ちづらくなることが分かりました。
男子は父親との会話頻度が理系意識に影響することはなく、これは女子特有のことです。
この理由について、研究者は「父親との会話は女子にとって、ジェンダーを意識する機会になりやすく、その中で理系は男子向けという意識が高まってしまい、理系を自分からは縁遠いものに感じてしまうのではないか」と考察しています。
これは「別に女の子が無理して理系に行かなくてもいいだろう」という意見を持つ父親が、世の中に多いことを示しているのでしょう。
ただ理系に進んだ女性の中には、父親が理系だったからその影響で同じ道に進んだという人もいるかもしれません。
しかし、その場合でも理系出身の男性は、自身の経験から「あんなとこ男子ばっかだぞ」という意見を持ちやすいので、自然と理系に女子はいないんだという印象を植え付けてしまう可能性はありそうです。
一見関係なさそうに見えますが、「競争に負けた人が幸せになれないのは仕方ない」という業績主義的価値観も女子の理系意識に関連しています。
男子は業績主義を持っていても理系意識の有無とは関係がありません。
しかし、女子の場合業績主義を持たない人ほど理系意識を持ちづらい傾向が見られました。
今回紹介した論文から、女性が理系科目に対して苦手意識を持つのは小学校高学年からであり、そこには「女性は理系科目が苦手だ」というジェンダーバイアス、父親との会話の頻度、業績主義的価値観(結果を残すことがよいとする価値観)が関連することが分かりました。
そのため、理系に進学する女子を増やすためには、女子の算数への苦手意識やジェンダーバイアスを解消するような働きかけが必要と考えられます。
また、すぐに解を得るための学習ではなく、じっくりと解法を考えるような教育をすることで、業績主義的価値観を持たない子も「算数はおもしろい」と新しい魅力を感じられるようになるでしょう。
親から引き継がれる価値観も、女子の理系意識に強い影響を与えていると考えられるため、親が「女の子は文系でいいんじゃない」といった決めつけで進路に意見を出さないことが重要でしょう。
おそらくほとんどの人が「女性は理系が苦手」という今回の記事のテーマを見て、自然と「確かに、なんでだろう? 脳の作りが違うのかな?」という予想を思い浮かべたのではないでしょうか?
しかし実際調べてみると、女性が理数系を苦手とするような証拠はなく、ただの印象であることが示されています。この印象が継承されていった結果が現在の「女子は理系科目が苦手」の正体なのでしょう。
理系人口が減っていくと、結果的には国の技術力が落ちていくことに繋がります。
理系人口を増やすためには、男女問わず理系科目に興味が持てる環境を作り出すことが重要でしょう。そのためには出口である大学に目を向けるだけではなく、学問への入口に立つ小学生へのアプローチが重要となるのです。
参考文献
UTokyo Online Education 学術フロンティア講義 2022 横山広美
https://ocw.u-tokyo.ac.jp/daifuku23_2022a_frontier_yokoyama/
男女共同参画白書 令和元年版
https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r01/zentai/index.html
元論文
なぜ女子は理系意識を持ちづらいのか―小学 5 ~ 6 年生に焦点を当てて―
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kyoiku/89/4/89_603/_pdf
ライター
永山めぐみ: 大学ではコンピュータサイエンスと数学を主に学びました。卒業研究はArduinoによるマイコン制御。そのほか、生物学、医学、遺伝学、動物に興味があります。今は2.5人(お腹に1人)の育児中。子どもから大人まで楽しめるトピックを探索します。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。