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また、ニンニクに含まれる「アリイン」が味に厚みや広がりを持たせることや、タマネギに含まれるコレステロールに似た化合物「植物ステロール」に香気物質保持効果のあることがわかっています。
さらに、フルーツの持つ香り成分もカレーにコクを与えます。リンゴを加えていることを宣伝するカレールーを使っても、特にリンゴの味や香りはしません。しかし、リンゴの持つ香り成分にコクを増す働きがあるため添加されているのです、カレーにマンゴーチャツネを加えるのも、マンゴーの香り成分でコクを増すための隠し味であるといえるでしょう。
いずれも、それぞれの味や香りがわからない程度に加えることで複雑な香りを作り出し、カレーにコクを与えています。
野菜や果物の香りによる複雑さだけでなく、香味野菜を炒めるために使う油や肉の脂肪分も、カレーにコクを与える働きをしています。
肉のうま味成分であるグルタミン酸とイノシン酸の相乗効果は、うま味を感じるだけでなく、肉を口に入れた時の口中香を強め、うま味物質による刺激の持続性を増すことがわかっています。そこへ脂質由来の動物種特有の香気が加わることで、多くの香りの刺激が嗅覚を刺激します。
例えば加熱した黒毛和牛の脂肪は、甘い香りをもたらすラクトン類、メイラード反応によるアルデヒド類による香ばしさなどを吸着しているため、食肉の強いコクを感じることになります。動物性の脂肪は、そのうま味と香りによってカレーのコクを強めているのです。
香ばしい香りが添加されるとコクが強まるのは、最初にタマネギを飴色になるまで香ばしく炒めるのは何故かという疑問にも答えてくれます。
さらさらとしたスープ状のカレーより、とろみがあり重厚感のあるカレーに、よりコクの強さを感じられないでしょうか。これは、とろみのある食品のほうが口中に長く留まることで味がゆっくり広がり、コクとして感じることができるためです。
とろみは重厚感も生み出します。市販のカレーの素が油脂と小麦粉で作ったルーであることもうなずけます。心理的な効果として深みのある褐色に仕上げられていることにも注目で、視覚的にも重厚感を感じられるように仕上げられているのです。
ここまで、カレーをより美味しく感じさせるコクについて見てきました。バランスの取れた五味、適度なとろみと重厚感とともに、重視したいのが複雑に絡み合った「香味成分」だということがわかってきました。
五味とは違い「コク」の受容体はまだはっきりと解明されていません。そのため、現在の科学的な知識でコクのある美味しいカレーを作るには「香り」を使いこなしていくのが最大のポイントのようです。
カレーを美味しくする要素のひとつ「香り」には、香味野菜が元々持っている成分と肉のうま味成分から感じられる香り、さらに過熱した脂肪によって発生する香りが突出することなく絡み合っていることで、何がいいのかわからないけれどいい香り!というスープを作るのはまず大切ということがわかりました。
次に、適度に脂肪のある好みの肉を香ばしく焼いたものと合わせると、香りはより複雑になり、コクを強めることができます。
市販のルーを使う時でも香味野菜の使い方や肉の焼き方などを工夫することで、一段と美味しいカレーにすることができるでしょう。あとは好みで、何を入れたかわからない程度の「かくし味」として果物などの香り成分を加えることで、コク深いオリジナルなカレーを作ってみてください。
参考文献
食品のコクとは何か おいしさを引き出すコクの科学
https://www.amazon.co.jp/dp/4769916701
元論文
食べ物の「こく」を科学するその現状と展望
https://doi.org/10.1271/kagakutoseibutsu.54.102
ライター
百田昌代: 女子美術大学芸術学部絵画科卒。日本画を専攻、伝統素材と現代素材の比較とミクストメディアの実践を行う。芸術以外の興味は科学的視点に基づいた食材・食品の考察、生物、地質、宇宙。日本食肉科学会、日本フードアナリスト協会、スパイスコーディネーター協会会員。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。