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マウスを使った実験では、上の図のように、1カ月後になっても思い出せる個体が多くなりました。
また人間を使った実験では、20代の男女38人に「ベタヒスチンメシル酸塩」という薬を投与し、1週間前に見せた写真の内容を思い出させるテストを行いました。
すると実験の30分前に通常の処方量の約10倍の薬を飲むと、平均成績がわずかに上がったことが示されました。
特に、服用しないときの正答率が約25%と低かった人は、服用すると50%程度まで向上し、大きな効果があることが示されました。
「ベタヒスチンメシル酸塩」は元々めまいの治療薬として使われていましたが、服用すると脳内でヒスタミンが大量に放出されることが知られており、これが記憶の思い出し能力を増強すると考えられます。
(注意:ベタヒスチンの服用にあたっては医師や薬剤師の指示に従ってください)
しかし、これまでの薬物にはさまざまな作用点があり、脳のどの細胞の活性化が記憶の思い出しに重要であるかは明らかではありませんでした。
そこで今回、名古屋市立大学の研究者たちは脳内のどの細胞が思い出し能力の強化に重要な役割を果たしているかをマウスを使った実験で調べることになりました。
調査にあたってはまず、研究者たちはマウスに2つのおもちゃを見せました。
マウスは非常に好奇心が強い動物で、新しいものには積極的に近づいて匂いを嗅いだり、特徴を覚えようとします。
翌日、再び同じテストを行い、2つのおもちゃをマウスに見せました。1つは以前に見せたもので、もう1つは新しいおもちゃです。
すると、新しいおもちゃに対してより多くの時間をかけて調べることが確認されました。これはマウスが1日前に見たおもちゃを記憶していることを示しています。
しかし、同じ実験を1週間あけて行うと、マウスはもう思い出せず、以前見たおもちゃも新しいおもちゃも同じ時間をかけて調べていました。
人間と同じように、マウスも覚えてから時間が経ちすぎると忘却してしまうのです。
そこで研究者たちは、マウスの脳細胞に遺伝子組み換えを行い、特定の化学物質を与えるとヒスタミン神経細胞が活性化するようにしました。
そして同じ実験を行ったところ、ヒスタミン神経細胞が活性化されたマウスは、テストの間隔が1週間離れていても以前見たおもちゃを思い出し、新しいおもちゃに対してより多くの時間をかけて調べることが判明しました。
これは、ヒスタミン神経細胞の活性化が記憶の「思い出し能力」を増強していることを示しています。
次に、研究者たちは場所の記憶に対する影響を調べました。
この実験では、複数の穴が開いた板を用意し、そのうち1つがマウスが入り込める小さな避難場所に通じていました。
マウスは自分の体が入り込める小さなスペースが大好きで、安心できる避難場所を見つけるとその場所を「お気に入り」として覚えようとします。
しかし、1週間後にはどの穴が避難場所に通じていたかを忘れてしまいます。
そこで研究者たちが化学物質を与えてヒスタミン神経細胞を活性化させると、マウスたちはお気に入りの避難場所を思い出すことが示されました。
これらの結果から、ヒスタミン神経細胞は物体や場所といった異なるタイプの記憶においても「思い出し能力」の鍵を握っていることがわかります。
研究者たちは、この仕組みを上手く利用すれば、忘れてしまった記憶を思い出せる薬を開発し、アルツハイマー病などの記憶障害を改善できる可能性があると述べています。
参考文献
忘れた記憶を復活させる薬を発見-既存の薬物で記憶痕跡の再活性化に成功-
https://www.hokudai.ac.jp/news/190109_pr.pdf
元論文
Chemogenetic activation of histamine neurons promotes retrieval of apparently lost memories
https://doi.org/10.1186/s13041-024-01111-8
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。