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本研究の主目的は、培養皮膚をロボットの素肌に安定して固定する方法が確立されたことです。
これによりロボットと皮膚の動きが連動して、培養皮膚がニヤリと笑う「笑顔」を作り出すこともできました。
一体どうやってロボットと培養皮膚をくっつけたのでしょうか?
研究の詳細は2024年6月25日付で科学雑誌『Cell Reports Physical Science』に掲載されています。
目次
本物の人間を模したヒューマノイド型ロボットは、これまでに世界中でたくさん作られてきました。
皆さんも一度は目にしたことがあるように、彼らはすでにリアルな皮膚を備えていますよね。
実際にそれを使って笑ったり、ウィンクをしたりすることもできます。
ただこれらの素材は基本的にすべて「シリコンゴム」で出来ています。
シリコンゴムは柔らかくて伸縮性があることから、ロボット作りには重宝される材料です。
しかし一方で、シリコンゴムはあくまでも無機物であり、細胞由来の生きた皮膚とはまったく違います。
シリコンゴムを使うかぎりは、より本物に近い肌質や皮膚の自己修復機能、センシング、排熱、発汗といった人間らしい能力は備わりません。
研究チームは「ロボットが人間のように人間らしく仕事を進めるようになりつつある今」だからこそ、より本物に近い皮膚をロボットに与える必要があると考えています。
そこでチームが以前から取り組んできたのは、ヒト細胞から作った培養皮膚をロボットスキンにするというアプローチでした。
培養皮膚は、ヒトやその他の動物の皮膚細胞を体外で増殖させ、作製する生きた人工皮膚のことです。
培養皮膚は基本的に、皮膚の研究や創薬試験、重度のやけどや傷への移植素材として使われますが、ロボットスキンとしても最適だと考えられています。
実は培養皮膚の研究はかなり進んでおり、同チームも2022年にはすでに培養皮膚で覆った指型ロボットの開発に成功していました。
その一方で、大きな課題も残されています。
それは培養皮膚をロボットの素肌に安定して固定する方法の確立です。
ロボットの素肌は無機質な機械であるので、そのまま培養皮膚を貼り付けてもツルツル滑って、簡単に剥がれ落ちてしまいます。
また、ただ貼り付けるだけではロボットの動きとうまく連動しないので、顔の豊かな表情も再現できません。
そこでチームはヒトの皮膚がどうやって筋組織に張り付いているかを観察することで、この課題に挑戦しました。
私たちヒトの皮膚がその下の筋肉層との間で滑らないことからわかるように、皮膚は皮下組織とスムーズに面で接着されています。
その鍵を握るのが「皮膚支帯(ひふしたい)」です。
皮膚支帯は主にコラーゲンからなる繊維組織で、皮膚の下に広がって、皮膚を所定の位置に固定する役割を果たします。
さらに皮膚支帯は筋肉の動きを皮膚に伝達する役割も担っており、特に顔においては表情筋によるスムーズな表情の形成に欠かせないのです(下図の左を参照)。
そこでチームは、この皮膚支帯の仕組みに着想を得て、ロボットの素肌に培養皮膚を接着する新手法を編み出しました。
その名も「穴型アンカリング手法」です。
この方法ではまず、ロボットの顔表面にV字型の穴をたくさん開けておきます(上図の右を参照)。
そしてそのV字穴に培養皮膚を流し込み、内部でゲル化させることで、ロボットの素肌に培養皮膚をしっかりと”つなぎ留める(アンカリング)”するのです。
この手法を用いることで、培養皮膚が安定して接着した顔型ロボットを作製することに成功しました。
さらに、ロボットの動力がちゃんと培養皮膚へと伝達されるかをテスト。
その結果、ロボットのモーターの動力が穴型アンカーを介して培養皮膚に伝達されることで「笑顔」を作り出すことにも成功したのです。
実際の様子がこちら。
現在はまだ研究の初期段階であるため、ご覧のとおり、ロボットの顔はかなり不気味なままです。
しかし今後さらなる改良を進めることで、より自然な見た目かつ本物のヒトと同じ生体機能を持ったロボットが誕生するでしょう。
また研究者らは今回の知見について、ロボットへの応用の他に、化粧品開発や薬剤の効能テスト、移植素材としての活用など、あらゆる分野での活躍が期待できると話しています。
今のところは「違う、そうじゃない」と感じる人も多いかもしれませんが、皮膚を持つロボットを生み出す技術は着実に進展しているようです。
本物のヒトとロボットの顔の見分けがつかなくなる日は近いかもしれません。
参考文献
生きた皮膚を持つロボットの顔 ~皮膚支帯構造に着想を得た、ロボットへの皮膚組織固定手法を開発~
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/z0114_00046.html
元論文
Perforation-type anchors inspired by skin ligament for robotic face covered with living skin
https://doi.org/10.1016/j.xcrp.2024.102066
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。
他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。
趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。