クマムシは高温・高圧・無酸素・氷点下・放射線・真空と、あらゆる過酷な環境に耐えられる最強生物です。

ただ、その驚異の耐久力の秘密を知るには、個々の遺伝子がどのように働いているかを理解しなければなりません。

そのためには、特定の遺伝子をピンポイントで除去したり、逆に加えたりして、個々の遺伝子の機能を調べる「遺伝子改変」が必要になります。

しかしこれまで、クマムシを遺伝子改変する技術は確立されていませんでした。

そんな中、東京大学の研究チームは今回ついに、クマムシを効率的に遺伝子改変する技術の開発に成功したのです。

研究の詳細は2024年6月13日付で科学雑誌『PLOS Genetics』に掲載されています。

目次

  • 弾丸のスピードで発射されても死なないクマムシ
  • クマムシの遺伝子改変に成功!

弾丸のスピードで発射されても死なないクマムシ

微小な無脊椎動物である「クマムシ」は世界に約1200種が知られており、道端のコケや池辺、高山や深海、南極など、水分のある所ならどこにでも住んでいます。

彼らの耐久力を特筆すべきものにしているのは「乾眠」という不死身モードです。

これは周囲から水分がなくなると、ゆっくりと体を乾燥させて代謝をほとんど停止したスリープ状態を指します。

こうなるとクマムシは生物界ナンバーワンの耐久力を発揮し、煮沸や氷点下、放射線、宇宙空間など、あらゆる環境に耐えられるのです。

2021年の研究では、弾丸より速いスピードでクマムシを発射しても死なないことも証明されました。

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また乾眠したクマムシは水をかけることで、すぐ元通りになります。

過去には博物館に乾眠状態で130年間保管されていたクマムシが復活した例があるほどです。

クマムシを「遺伝子改変」する技術はまだない?

クマムシの耐久力を調べた研究は無数にあり、当サイトでも数多くのクマムシニュースを取り上げてきました。

しかし一方で、クマムシのトンデモ能力がどうやって発揮されているかを知るには、その能力に関わる個々の遺伝子を探り当てて、機能をピンポイントで調べる必要があります。

ずんぐりとしたボディが愛らしい「オニクマムシ」 / Credit: ja.wikipedia

これまでの研究で、クマムシにおける多数の耐性遺伝子が見つかっているものの、それらが実際にクマムシの体内でどのように働き、どれほど耐久力に寄与しているかはわかっていません。

それを明らかにするには機能を調べたい遺伝子をピンポイントで破壊したり、逆に特定の遺伝子を外から導入する「遺伝子改変」の技術が必須なのです。

例えば、Aという遺伝子を壊して高温に耐えられなくなったら、この遺伝子Aが高温耐性の機能を持つことがわかります。

ところが遺伝子改変クマムシの作製に成功した前例はなく、そうした技術の開発は長年の課題となっていました。

しかし東京大学の研究チームは今回ついに、その大きな壁を突破することに成功したのです。

クマムシの遺伝子改変に成功!

同チームは今回、昆虫用に開発されていた遺伝改変技術(DIPA-CRISPR法)を参考にしました。

この具体的な手法は、メス親の体内にゲノム編集ツールを注入すると、卵が成熟する過程で卵細胞がこのツールを取り込むことで、ゲノム改変を受けた子供が生まれるという仕組みです。

チームはこれを発展させて、高い耐久性をもつ「ヨコヅナクマムシ」に応用してみました。

ヨコヅナクマムシの卵および8日齢の個体 / Credit: 東京大学 –最強動物「クマムシ」のゲノム改変を可能に(2024)

ヨコヅナクマムシ(学名:Ramazzottius varieornatus)は、交尾をせずにメスだけで卵を産んで繁殖するクマムシの一種です。

これまでにゲノムが解読されていることから、クマムシの分子生物学的な研究に使用されています。

そしてチームは実験で、ヨコヅナクマムシの卵を採集し、卵からふ化した幼体が7〜10日齢になったタイミングで、高濃度のゲノム編集ツールを体内に注入しました。

クマムシのゲノム改変のイメージと顕微鏡画像 / Credit: 東京大学 –最強動物「クマムシ」のゲノム改変を可能に(2024)

ここでは細胞の物質輸送に関わるタンパク質の1種と、トレハロース(ストレスから細胞内のタンパク質が傷つくのを防ぐ働きがある糖類)を合成する酵素の遺伝子を標的としています。

その後、メス親が産んだ卵を回収し、ふ化して成長したクマムシのDNA配列を調べてみました。

その結果、標的とした遺伝子が見事にノックアウト(特定の遺伝子を破壊して、機能を失わせること)された幼体を複数得ることに成功したのです。

野生型にあるDNA領域をノックアウトして除去することができた / Credit: 東京大学 –最強動物「クマムシ」のゲノム改変を可能に(2024)

さらにチームはゲノム編集ツールに、研究者がデザインした配列をもつ1本鎖DNAを加えてクマムシに注入してみました。

すると先のノックアウト個体と同様に、1本鎖DNAをもつノックイン個体が得られることも確認できたのです。

以上の結果からチームは「標的遺伝子を完全に改変したクマムシをシンプルかつ効率的に作製する手法が確立できた」と結論しました。

シンプルで効率的なクマムシのゲノム改変技術を確立! / Credit: 東京大学 –最強動物「クマムシ」のゲノム改変を可能に(2024)

今回、クマムシの遺伝子改変技術が確立されたことにより、驚異的な耐久力の遺伝的メカニズムの解明が大きく前進すると期待されます。

研究者によれば、遺伝的な耐久メカニズムの解明は、例えばワクチンや重要な生物材料の保存技術の開発につながるとのことです。

クマムシの能力をより私たちのために役立てられるようになるかもしれません。

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参考文献

最強動物「クマムシ」のゲノム改変を可能に
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/10388/

元論文

Single-step generation of homozygous knockout/knock-in individuals in an extremotolerant parthenogenetic tardigrade using DIPA-CRISPR
https://doi.org/10.1371/journal.pgen.1011298

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 奴らが最強の理由を解明できる!東大がクマムシのゲノム編集技術を確立