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これまでの研究で、クマムシにおける多数の耐性遺伝子が見つかっているものの、それらが実際にクマムシの体内でどのように働き、どれほど耐久力に寄与しているかはわかっていません。
それを明らかにするには機能を調べたい遺伝子をピンポイントで破壊したり、逆に特定の遺伝子を外から導入する「遺伝子改変」の技術が必須なのです。
例えば、Aという遺伝子を壊して高温に耐えられなくなったら、この遺伝子Aが高温耐性の機能を持つことがわかります。
ところが遺伝子改変クマムシの作製に成功した前例はなく、そうした技術の開発は長年の課題となっていました。
しかし東京大学の研究チームは今回ついに、その大きな壁を突破することに成功したのです。
同チームは今回、昆虫用に開発されていた遺伝改変技術(DIPA-CRISPR法)を参考にしました。
この具体的な手法は、メス親の体内にゲノム編集ツールを注入すると、卵が成熟する過程で卵細胞がこのツールを取り込むことで、ゲノム改変を受けた子供が生まれるという仕組みです。
チームはこれを発展させて、高い耐久性をもつ「ヨコヅナクマムシ」に応用してみました。
ヨコヅナクマムシ(学名:Ramazzottius varieornatus)は、交尾をせずにメスだけで卵を産んで繁殖するクマムシの一種です。
これまでにゲノムが解読されていることから、クマムシの分子生物学的な研究に使用されています。
そしてチームは実験で、ヨコヅナクマムシの卵を採集し、卵からふ化した幼体が7〜10日齢になったタイミングで、高濃度のゲノム編集ツールを体内に注入しました。
ここでは細胞の物質輸送に関わるタンパク質の1種と、トレハロース(ストレスから細胞内のタンパク質が傷つくのを防ぐ働きがある糖類)を合成する酵素の遺伝子を標的としています。
その後、メス親が産んだ卵を回収し、ふ化して成長したクマムシのDNA配列を調べてみました。
その結果、標的とした遺伝子が見事にノックアウト(特定の遺伝子を破壊して、機能を失わせること)された幼体を複数得ることに成功したのです。
さらにチームはゲノム編集ツールに、研究者がデザインした配列をもつ1本鎖DNAを加えてクマムシに注入してみました。
すると先のノックアウト個体と同様に、1本鎖DNAをもつノックイン個体が得られることも確認できたのです。
以上の結果からチームは「標的遺伝子を完全に改変したクマムシをシンプルかつ効率的に作製する手法が確立できた」と結論しました。
今回、クマムシの遺伝子改変技術が確立されたことにより、驚異的な耐久力の遺伝的メカニズムの解明が大きく前進すると期待されます。
研究者によれば、遺伝的な耐久メカニズムの解明は、例えばワクチンや重要な生物材料の保存技術の開発につながるとのことです。
クマムシの能力をより私たちのために役立てられるようになるかもしれません。
参考文献
最強動物「クマムシ」のゲノム改変を可能に
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/10388/
元論文
Single-step generation of homozygous knockout/knock-in individuals in an extremotolerant parthenogenetic tardigrade using DIPA-CRISPR
https://doi.org/10.1371/journal.pgen.1011298
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部