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プラズマの概念自体の発見は、19世紀後半に遡ります。
1879年、イギリスの物理学者ウィリアム・クルックス(William Crookes)は、初期の真空放電管の中で光るガスを観察しました。
クルックスはこのガスを「放電気体」と呼びましたが、これは後に「プラズマ」として知られるようになる現象の初期観察でした 。
プラズマという言葉は、1928年にアーヴィング・ラングミュア(Irving Langmuir)によって初めて使用されました。
ラングミュアは真空管内のガス放電実験中に、この第4の物質状態を発見し「プラズマ」と名付けたのです。これはギリシャ語で「形成するもの」を意味します。
そして彼はプラズマが電子とイオンが自由に動く電離ガスであり、非常に特殊な物理的性質を示すことを明らかにしたのです。
では、この物質の第4の状態とはなんなのでしょう?
私たちは小学校の理科で、この世の物質は温度によって「気体」「液体」「固体」のいずれかの状態を取ると教わります。
しかし、ラングミュアは、この3つの状態に収まらない第4の状態としてプラズマを発見したのです。
最初発見は真空管の中でしたが、プラズマは通常、物質を非常に高温に加熱されたとき、気体よりもさらに上位のエネルギー状態として現れます。
通常高温の物質は分子がバラバラに飛び交って気体になりますが、さらに高温の状態になると、分子どころではなく原子を構成する電子と原子核(陽イオン)がバラバラになってしまうのです。
つまりプラズマは、原子を形作るための電気的な結びつきの力よりも、熱運動量の方が上回ってしまい、原子の基本的な構造を保てなくなってしまった状態なのです。
このバラバラになった電子が原子のもとに戻ると、電子は持っていた余剰エネルギーを光として放出します。そのためプラズマは自己発光する性質があり、これがオーロラやネオン管の光の正体です。
またプラズマは電離したガスであるため、電気や磁場の影響を受けやすい性質を持ちます。
例えば最近良く耳にする太陽嵐の原因はプラズマです。
太陽の中心部は温度が1600万度に達し、水素がプラズマ状態になっています。これが太陽の大気(コロナ)となって太陽の周囲を覆っているのですが、磁場の乱れで太陽表面に激しい爆発(フレア)が起きると、この磁場の影響で太陽のプラズマが吹き飛ばされ、太陽嵐となって宇宙空間を吹き荒れます。
太陽嵐では太陽の電離したガスが激しく降り注ぐため、地球上の通信を乱したり、電子機器を破壊してしまうのです。
このようにプラズマは色々と特殊な性質を持った物質の状態です。しかし、宇宙ではもっともありふれた物質の状態の1つであり、99%以上の物質がプラズマ状態だとされています。
太陽や星々、さらには地球のオーロラや雷もプラズマです。このため、プラズマを理解することは、宇宙や自然現象を理解するために不可欠です。また、核融合研究や宇宙探査、さらには先進的な材料科学にもプラズマの知識は不可欠です。
そのため物理学ではプラズマ自体を扱うプラズマ物理学という分野が登場することになったのです。
ではプラズマの理解は、現代の私たちの生活にどの様に役立っているのでしょうか?
原子力に代わるクリーンな未来の発電技術として期待されているのが核融合発電ですが、この核融合発電においてプラズマの存在は極めて重要です。
核融合反応は、軽い原子核(例えば、水素の同位体である重水素と三重水素)が高温高圧の状態で融合し、より重い原子核(ヘリウム)と膨大なエネルギーを放出するプロセスで発電を行います。
この反応を実現するためには、物質をプラズマ状態にする必要があります。
プラズマ状態では、原子核同士が近づいて融合しやすくなるため、核融合発電装置では、燃料である重水素と三重水素をプラズマ状態に加熱し、非常に高い温度(約1億度)に保つ必要があります。
これにより、原子核同士が十分なエネルギーを持ち、静電反発力を克服して融合することが可能になります。
プラズマの制御と保持は、核融合発電の最大の課題の一つです。トカマクやスターラーターなどの装置では、強力な磁場を使用してプラズマを閉じ込め、高温のプラズマが装置の壁に触れないようにすることで、プラズマの安定性を維持しています。
これにより、エネルギーの損失を防ぎ、核融合反応を持続させることが可能となります。このようにクリーンな未来のエネルギーを作るためにプラズマの理解は極めて重要になっているのです。
またプラズマを利用した医療技術も進展しています。
ガス放電などを利用した低温プラズマは、創傷治癒において非常に効果的だとする研究が報告されています。
プラズマが生成する活性酸素種(ROS)や活性窒素種(RNS)は、細胞の再生を促進する効果があり、これにより、傷口の治癒が速くなり、感染のリスクも減少するというのです。
また同様の理屈で殺菌に役立つという報告もあり、プラズマが生成する活性酸素種は、がん細胞に対して選択的にダメージを与えることができるため、周囲の正常な細胞を傷つけることなく、がん細胞を破壊できる可能性があるとして研究しているグループもいます。
いずれも従来の治療法に比べて副作用が少ない利点があり、未来の治療法として期待されています。
さらにプラズマ分解により有害物質を無害化するなど、大気汚染物質の除去や廃棄物処理にも応用できる可能性があると言われています。
プラズマ物理学の応用は非常に広範であり、現代の技術と生活の多くの側面に大きな影響を与えています。これからも多くの革新が期待される分野なのです。
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参考文献
Introduction To Plasma Physics I(MIT)
https://ocw.mit.edu/courses/22-611j-introduction-to-plasma-physics-i-fall-2006/pages/readings/
plasma(Britannica )
https://www.britannica.com/science/plasma-state-of-matter
Irving Langmuir(Britannica )
https://www.britannica.com/biography/Irving-Langmuir
ライター
松野優: 工学系の研究を経て現在はライターに。理科科目の面白さ興味深さを科学に馴染みのない人たちに伝える入口になれればと活動しています。また科学の面白さは幅広い視点で議論できる点にあると考えています。面白さ興味深さを感じる話題なら幅広く記事化していきます。
編集者
ナゾロジー 編集部