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2022年11月にChatGPTが登場してから、ユーザーの要求に応じた文章を生成するAI技術が世界中で注目されています。
その核となる技術は「大規模言語モデル(LLM)」です。
これは大量のテクストデータを用いてAIを訓練することで、私たちの使う言葉をAIが高精度で理解し、自由に生成できるようになるというもの。
米OpenAI社が2023年3月に公開した「GPT-4」は、この技術を使った生成AIで、多くの人がGPT-4を使って対話や画像作成を楽しんでいます。
その一方で、生成AIの導入は、歴史・哲学・文学などを代表とする人文学分野において著しい遅れをとっていました。
その理由は他の学術分野に比べて、AIの使用する学習データの信頼性が懸念されていたり、誤った情報を生成するリスクが大きかったからだといいます。
そこで研究チームは今回、これらの問題を解決した新たなAI対話システム「ヒューマニテクスト(Humanitext Antiqua)」を開発しました。
ヒューマニテクストは、西洋古典分野に特化した生成AIであり、古代ギリシャ・ローマの原典テクストおよび関連資料のデータを幅広く網羅しています。
現時点では、ホメロスやウェルギリウスの詩作、ヘロドトスやトゥキュディデスの歴史書、プラトンやアリストテレスの哲学的著作を含む22人の著者の全作品が利用できます。
(※ 今後の一般公開に向けて、西洋古典の代表的な著者すべての作品との連携を完了する予定)
このように信頼できるテクストデータのみを情報源とするので、AIがネットに出回っているような事実と異なる誤情報を用いるのを防ぎながら、学術的水準を保った回答を出力することが可能です。
さらに回答の出典元となる原典テクストの情報も同時に提示してくれるので、ユーザーは出力の正確性をいつでも簡単に確認できます。
ではヒューマニテクストはどんな使い方ができるのか、実際に見てみましょう。
ヒューマニテクストではまず「著者および著作」を自由に選択できます。
ユーザーがプラトンから答えを聞きたい場合でも、彼には膨大な著作がありますが、その中から『ソクラテスの弁明』だけを回答のベースにすることができます。
これと別に、同時に複数の著者と著作を選択することも可能です。
例えば、プラトンとアリストテレスを選んで、2人の思想の違いを教えてもらうこともできるといいます。
また、ヒューマニテクストからの出力レベルをさまざまにコントロールすることもできます(下の画像を参照)。
例えば、「出力に用いる出典元の数」では、ユーザーの質問に対してどのくらいの文脈数を探索して回答に用いるかを設定します(現在は1〜25の範囲)。
それから「出力の創造性」では、設定を低くすると探索した文脈に忠実な回答が出力され、高くするとその文脈に基づきつつもより創造的な回答が得られます。
続いては、ユーザーの要求に応じた幅広い「モード選択」です。
「Q&Aモード」では、ユーザーが知りたい疑問についての情報と出典を提示してくれます。
例えば、「ディズニー映画の題材にもなっているギリシア神話のヘラクレスがどのような怪物と戦ったのか」とか「漫画『テルマエ・ロマエ』を読んで古代の人々がどのようにお風呂に入っていたのか」といった質問にも正確に答えてくれます。
それから「専門解釈モード」では、専門的なユーザーの質問に関連する原典テクストの細かい言語分析や解釈など、踏み込んだ内容を出力してくれます。
例えば、「プラトンやアリストテレスは『知』をどのように捉えていたか」といった哲学的な質問に対して、古代ギリシア語の原典を参照しながら専門的で高度な回答を行います。
そして一般の人でも気軽に楽しめる「対話モード」です。
このモードでは、ユーザーが選んだ著者の原典にもとづいて、その偉人と実際に対話しているかのようなやりとりが行えます。
その対話サンプルを実際に見てみましょう。
例えば、ソクラテス先生にこんな質問をしています。
ソクラテス、毒杯を飲む直前の心境はどういうものだったのでしょうか? pic.twitter.com/B2WLrVEWdt
— Humanitext (@humanitext_x) May 27, 2024
まるでソクラテス本人がその口を通じて返答してくれているようですね。
また面白いことに、ラップ調で質問したらラップ調で返してくれる機能もあります。
こちらは古代ギリシャの伝説的な詩人ホメロスにラップバトルを挑んだ様子です。
Yo、ホメロス、もしお前が俺たちの世界に現れたら、間違いなくエピックなMCになるだろう。どんな熱いラップを披露するんだ?俺たちは聞きたい!驚かしてくれ! pic.twitter.com/cqrFAiZn2e
— Humanitext (@humanitext_x) May 30, 2024
また古代ローマ皇帝マルクス・アウレリウスに失恋の悩みもしています。
マルクス・アウレリウス皇帝陛下、私は昨日失恋してしまい、苦しくて苦しくて眠れません。どうすればいいのか、助言を賜りたく存じます。 pic.twitter.com/onbPhfX4Wu
— Humanitext (@humanitext_x) May 27, 2024
その他の対話サンプルは、こちらのヒューマニテクスト公式のX(旧Twitter)でご覧いただけます。
このようにヒューマニテクストは、素人には少し近づき難かった西洋古典へのハードルを大幅に下げることで、偉人たちとのユニークな対話を誰でも簡単に楽しめる画期的なAIシステムです。
研究者は次のように話しています。
「西洋古典は、西洋や人類全体の知の源泉であり、このシステムを通じて多くの人々がこの過去の遺産からインスピレーションを得る機会を広げたいと考えています」
ヒューマニテクストは2024年6月1〜2日の日本西洋古典学会で限定公開され、その後、夏ごろの一般公開を予定しているとのことです。
参考文献
生成AIでソクラテスに人生相談できる!? 西洋古典学の飛躍的発展に寄与する対話システムを開発
https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2024/05/ai-14.html
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。