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こうした例は他にも枚挙にいとまがありません。
臓器提供を受けた患者は、食や芸術、性衝動、仕事に対する好みが変わったり、自分の経験にはないはずの「記憶」が頭に浮かんだりしているのです。
こうした変化が起こるのは何も心臓の提供を受けたときだけではありません。
コロラド大学が最近、心臓の移植を受けた患者23名と他の臓器の移植を受けた患者24名にインタビューしたところ、臓器の部位に関係なく、約90%の患者が何らかの「性格の変化」や「記憶の植え付け」を経験していたことがわかったのです。
もちろん、そのすべてが良い方向に変化するのではなく、中には急に短気になったり、情緒が不安定になるケースもありました。
しかしいずれにせよ、臓器移植でドナーの性格や記憶が乗り移るとは、一見するとオカルティックで信じがたい現象です。
どうしてこのような不可思議な現象が起こるのでしょうか?
研究者によると、この現象にはいくつかの科学的な要因が考えられるといいます。
1つは「プラセボ効果」です。
これは最も単純な理由で、新しい臓器を受け取ることで人生をリスタートできる喜びが患者を以前より明るくさせると説明されます。
しかし、これだけでは性格変化の一部をしか説明できません。
もう1つの重大な要因として、研究者は「臓器移植による生物学的な要因が関わっている」と指摘します。
例えば、移植された臓器は生命維持に欠かせない正常な機能を果たす一方で、患者本人の臓器とは異なるホルモンやシグナル分子を放出し始めます。
これらの化学物質はそれまでとは違う形で脳内の神経系に作用し、患者の気分や性格を変える可能性があるのです。
こうした理由から患者の性格が変わるのは納得できます。
しかしながら、これだけではドナーの性格や経験が乗り移るように見える現象を完全には説明し切れません。
これについては研究者たちも確かな答えを持っておらず、臓器の一つ一つにドナーの性格や経験の記憶が刻印されているように見えると話しました。
実際に「システミック記憶仮説(Systemic Memory Hypothesis)」という説を提唱する研究者もいます。
これは本人の記憶が脳という単一の場所にだけ保存されるのではなく、すべての生きている細胞に何らかの形で記憶が保持されるというものです。
ただこの説を裏付ける証拠は見つかっておらず、細胞がどのようにしてドナーの特定の経験や性格を保持するのか、そして臓器提供を受けた患者の中でいかに発現するのかは不明です。
ただこれだけ広範に、臓器移植を通じて「ドナーの心」が乗り移ったかのように見える現象が確認されているということは、まだ未発見の複雑な要因が臓器移植に存在していることは確かなようです。
参考文献
Eerie Personality Changes Sometimes Happen After Organ Transplants
https://www.sciencealert.com/eerie-personality-changes-sometimes-happen-after-organ-transplants
Can an organ transplant really change someone’s personality?
https://theconversation.com/can-an-organ-transplant-really-change-someones-personality-228923
元論文
Personality Changes Associated with Organ Transplants
https://doi.org/10.3390/transplantology5010002
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部