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その強烈な重力で近づくものをすべて吸い込んでしまい、光すらも脱出することを許しません。
そんな驚異の天体を前に、宇宙ファンが長らく好奇心を抱いてきた問題があります。
それは「もしブラックホールに飛び込むと、どうなるのか?」ということです。
アメリカ航空宇宙局(NASA)のゴダード宇宙飛行センターは最近、この好奇心に応えるべく、ブラックホールに突入する瞬間を一人称視点で再現したシミュレーション映像を作成し、新たに公開しました。
さあ、ブラックホールに飛び込む心の準備はできたでしょうか?
目次
ブラックホールは一般に、大きな質量を持つ恒星が寿命を終えたときに自らの重力に耐えられずに崩壊し、極限まで圧縮されることで誕生します。
ブラックホールには大きく分けて3つのタイプがあり、太陽質量の約10倍のものが「恒星質量ブラックホール」、100〜1万倍のものが「中間質量ブラックホール」、そして100万〜100億倍のものが「超大質量ブラックホール」です。
超大質量ブラックホールまで来ると、1つの大きな恒星が崩壊したくらいでは形成されません。
これまでの研究では、2つのブラックホール同士がぶつかって合体するか、周囲のガスをどんどん吸い込んで大きくなっていくことで形成されると考えられています。
そして新たに誕生したブラックホールは近くにある塵やガスなどの物質を強烈な重力で吸い込んでいきます。
ブラックホールに吸い込まれてしまうと光ですら脱出することはできません。
吸い込まれるか、吸い込まれないか。このブラックホールの境界線を「イベント・ホライズン(事象の地平面)」と呼びます。
ここを超えると光さえ脱出できないので、こちらの世界からイベント・ホライズンの向こう側をのぞき見ることはできません。
その答えが知りたいなら、ブラックホールに飛び込んでみるしかないのです。
そこで研究チームは、NASAが所有するスーパーコンピューター「Discover」を用いて、ブラックホールのど真ん中に飛び込む際のシミュレーションを行いました。
この計算を一般的なラップトップで行うと10年以上かかりますが、Discoverはわずか5日間で情報処理を終えたとのことです。
チームはここで2つの異なるシナリオをシミュレーションしました。
1つは「イベント・ホライズンを超えてブラックホールの中に突入する」もので、もう1つは「ブラックホールの周りを周回して帰還する」ものです。
また今回のシミュレーションには太陽の約430万倍の質量を持つ超大質量ブラックホールを選んでいます。
これは私たちが暮らす天の川銀河の中心にある「いて座A*(いてざエー・スター)」と同じサイズです。
では、いざイベント・ホライズンの向こう側へ!
ブラックホールへの旅は約6億4000万キロ離れた場所から始まります。
遠くに見えるブラックホールへ徐々に近づいていくと、周囲を回転する赤いリング状の構造が見えてきます。
これが「降着円盤」です。
降着円盤とは、ブラックホールの強い重力に引き寄せられた塵やガスなどの物質が形作る輪っか状の円盤で、ここからさらにブラックホールの中へと物質が落ちていきます。
そして、いよいよブラックホールの目前まで近づいたとき、周りにある降着円盤やその内側の光の輪っかがぐにゃりと曲がって見え始めます。
これはブラックホールの強烈な重力によって空間がゆがむためです。
この降着円盤の内側の光の輪っかは「フォトンリング(photon ring)」と呼ばれるもので、ブラックホールに非常に近い距離を回転している光子によって形成されます。
一般相対性理論に従うと重力の強さによって時間の進み方も変わっていきます。ブラックホールの重力場にいる人にとっては時間がよりゆっくりに流れます。
この映像ではまだブラックホール内部には突入しておらず、フォトンリングの周りを周回している状態ですが、例えば、強い重力でも壊れない特殊な宇宙船に乗ってブラックホールの周りを6時間ほど飛んでから帰還すると、地球にいる人々に比べて、年を取るのが36分遅くなっているとNASAの研究者は説明します。
つまり、フォトンリングの周りをぐるぐる回っている間がタイムトラベルのチャンスです。
フォトンリングの周回を終えた後、カメラはついにブラックホールの内部へと足を踏み入れます。
こちらがイベント・ホライズンの境界線を越える瞬間の映像です。
シミュレーションなのでカメラをブラックホール内部に潜入させることができましたが、実際には無事に済むはずはあり得ません。
ブラックホールに近づいた物体に対しては強烈な重力が不均一に作用するので、物体がぐにゃりと引き伸ばされたように変形します。
これが「スパゲッティ化現象」です。
もっと分かりやすくイメージ化してみましょう。
例えば、皆さんが気をつけの姿勢で足先からブラックホールに近づくとします。
すると、ブラックホールの重力は当然ながら足先に最初に作用し、頭の方にかかる重力との差が大きく開くので、足先から強く引っ張られて体が細長く伸び始めるのです。
ただこれはあくまでもイメージであり、実際にはどんな物質もその重力差に耐えられず、原子レベルまで分解されるといいます。
あとは粉々になった物質の原子がスパゲッティのように一本に連なって、ブラックホールの内部へと吸い込まれるのです。
ここから先は私たちの踏み込める世界ではありません。
理論上では、吸い込まれた物質はブラックホールの中心部にある「特異点(シンギュラリティ)」に取り込まれていくと考えられています。
(特異点とは重力が無限大となってしまい現行の理論では説明できないポイントを指します)
以上がブラックホール内部への大冒険の一部始終でした。
より臨場感のある旅を体感したい人は、NASAが公開しているこちらの完全版の動画をご覧ください。
(※ 音量にご注意ください)
また、こちらはブラックホールを周回して帰還するシミュレーションの映像です。
ブラックホールに突入する以外は基本的にすべて同じになっています。
参考文献
New NASA Black Hole Visualization Takes Viewers Beyond the Brink
https://science.nasa.gov/supermassive-black-holes/new-nasa-black-hole-visualization-takes-viewers-beyond-the-brink/
NASA’s Stunning New Simulation Sends You Diving Into a Black Hole
https://www.sciencealert.com/nasas-stunning-new-simulation-sends-you-diving-into-a-black-hole
Epic NASA video takes you to the heart of a black hole — and destroys you in seconds
https://www.livescience.com/space/black-holes/epic-nasa-video-takes-you-to-the-heart-of-a-black-hole-and-destroys-you-in-seconds
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。
他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。
趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。