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2014年に発表された初期の研究では、既存の方法に「脳幹の保存」という概念を持ち込んだものになりました。
実験にあたっては80匹のマウスが用意され、40匹が頭部の提供、残りの40匹が体を提供する役割を担いました。
まず体を提供するマウスに対して脳の切断を行い、脳幹だけをのこして大脳を中心とした脳の前半部分を切り離し捨てます。
大脳などの脳の前半部分は人間で言えば人格や認知機能を担当しています。
脳幹を残した理由として研究者たちは、脳幹には呼吸を制御する仕組みがあるため、頭部移植後にも円滑な酸素供給を行うためだとしています。
次に頭部を提供するマウスの頭と、体を提供するマウスの血管を結びます。
こうすることで、脳幹を使った呼吸や心臓を使った血液循環は体を提供するマウスが行うことが可能になり、移植された頭部がしばらく生存できるようになります。
結果、人工呼吸器を外した後も、18 匹のマウス(結合したもの)が 3 時間生存しました。
この 3 時間の間に、マウスは目覚め、正常な脳神経機能と特徴的な反応性 (まばたき、ひげの動きなど) を示しました。
この結果は、移植された頭部の脳が生きて活動していることを示します。
また予想通り、体を提供する側の脳幹は無傷のままであったため、体のパーツは通常の速度で自発呼吸することができました。
また研究では手術前と手術後で、頭部を提供するマウスの脳波と体を提供するマウスの心電図が記録されていました。
手術の前後で脳波と心電図にかなりの違いがみられましたが、手術後も両方の活動が続いていたことが示されました。
また一般に、脳を除去するなど中枢神経に異常が発生すると「徐脳硬直」と呼ばれる四肢の硬直が起こりますが、今回の研究ではみられませんでした。
一方で研究では生存時間が3時間と比較的短く、技術的課題も残されました。
2015年に発表された研究では、より洗練された方法が使われました。
以前の研究では、体を提供するマウスは脳を前後で切断され、体には脳幹を中心とした僅かな脳しか残されませんでした。
しかし新たな研究ではこの点が改良され、両方の脳が無傷のままであり、血管の結合場所も工夫が行われました。
人間やマウスの体には首の左側と右側に頸動脈と経静脈のセットがそれぞれ存在しています。
実験ではこの2セットを体を提供するマウスと頭部を提供するマウスの両方に割り振ることで、両方のマウス脳の生存を目指しました。
結果、12 対のマウスが 24 時間以上生存していることが確認できました。
また移植後 1.5 ~ 2 時間以内に、両方のマウスが意識を取り戻し、まばたきやひげの動きなど、脳神経反射が活性化されました。
さらに手術前と手術後で脳波と心電図を調べたところ以前の研究よりもより正常な電気生理学的活動を示していました。
両方のマウスの脳を無傷にしたまま、頸動脈と経静脈を分け合うというアイディアが上手く機能していることを示しています。
2017年に発表された研究では、さらなる改善が行われました。
まず頭部を提供するラットは、以前の実験に比べて頭部からより離れた位置で切断されました。
完成図をみると頭を提供するラットは頭部だけでなく前腕部も含めて移植されているのがわかります。
こうすることで高い圧力がかかる頸動脈を傷つけずに済むため、実験の難易度が大幅に軽減されました。
また第三のラットがポンプ装置と一緒に用意されている点も異なります。
以前の2つの研究では、頭部を切り離した直後にできるだけ早く、体に接続しなければなりませんでした。
しかし新たな研究では頭部を完全に切り離す前に、血液供給用の第三のマウスの血管と接続し、さらに頭部へ向かう血液を冷やすステップが追加されました。
冷たい血液を脳やその他の器官を冷却することで、細胞へのダメージを減らすことが可能になります。
切断した指や腕を病院に搬送する前に冷やしておくと、結合手術が上手くいく確率があがるのと同じ仕組みと言えるでしょう。
頭部の切り離しを血液の冷却というステップを挟んで段階的に行うことで、より組織の正常さを保ったままの移植が可能になります。
実際、この状態で頭部は最大 6 時間維持されましたが、脳波や角膜反射に明らかな異常はありませんでした。
さらに刺激を与えてみると頭部はかなりの動きを示しました。
頭部の冷却が済むと、体からの完全な切り離しが行われ、体を提供するマウスとの結合が行われました。
結果、14 対が平均 36 時間以上生存しました。
頭部を提供したラットには末梢虚血や他の血管異常、組織壊死の兆候は見られませんでした。
また頭部を提供するラットの脳波と血中酸素飽和度、体を提供するラットの心電図は正常と言える範囲を維持していることが確認できました。
また研究者たちが手術後の反応を確認したところ、ラットたちは角膜反射と痛みを感じている兆候をみせ、神経機能が維持されていることも示されました。
このことから研究者たちは、手術プロセス全体で頸動脈、頸静脈、椎骨動脈が温存されたことで、脳や心臓などの機能がより正常に保たれていると結論しています。
また今回の研究結果は、頭部移植を行う際に切り離しポイントを首よりもかなり下側にすることの有効性を示しており、一般的にイメージされる頭部移植の代替手段となる可能性が示唆されました。
この研究は、倫理的な観点からかなり問題を感じる内容であることは確かです。
この研究の手法や意義については、まだ議論されるべき段階のものでしょう。
しかし頭部移植技術が確立されれば、重度の身体障害を持つ人々に新たな希望をもたらす可能性があり、医学だけでなく社会にとっても重要な意味を持つ可能性があります。
実験を主導したレン氏らはこれまで1000匹を超えるマウスやラットでの移植実験を行っており、技術的な精度を高めているといいます。
頭部移植は倫理的にも技術的にも多くの問題を抱えていますが、困難な移植に挑戦していることは確かです。これが完璧な技術になった場合、科学技術の大きな飛躍を象徴する出来事になるでしょう。
元論文
Allogeneic Head and Body Reconstruction: Mouse Model
https://doi.org/10.1111/cns.12341
Head Transplantation in Mouse Model.
https://doi.org/10.1111/cns.12422
A cross-circulated bicephalic model of head transplantation
https://doi.org/10.1111/cns.12700
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。