- 週間ランキング
がんとは細胞増殖に関する遺伝情報にエラーが起きており、どんどん増殖していってしまうところに問題があります。
抗がん剤は、このがん細胞の増殖に関する遺伝子に作用してがんの増殖を抑制し、細胞死(アポトーシス)させることを目的にしています。
男性患者が服用していたのは「パニツムマブ(panitumumab)」という薬剤です。
この薬は、がんの腫瘍細胞にある「上皮成長因子受容体(Epidermal Growth Factor Receptor:EGFR)」を標的とします。
EGFRとは、細胞の成長や増殖に関わる上受容体のことで、この働きを阻害することで、がん細胞の増殖や転移を抑制し、細胞死を促します。
ところが問題なのは、EGFRが悪性の腫瘍細胞だけでなく、健康な皮膚の外層や毛包に見られる細胞などにも存在することです。
そしてパニツムマブが健康なEGFRの働きを阻害すると、正常な発毛サイクルが停止し、毛髪が異常成長してしまうことが先行研究から判明しています。
医師らは、これが原因となって男性患者の長睫毛症が引き起こされ、まつ毛が異常に伸びてしまったのだろうと説明しました。
2020年にも、53歳の女性患者が抗がん剤治療のためにパニツムマブを服用した結果、男性と同じ長睫毛症を発症したことが報告されています。
またEGFRは頭髪を生やす上皮細胞にも存在しますが、パニツムマブによる副作用は主にまつ毛でのみに見られます。
これは頭髪に比べて、まつ毛の成長サイクルの方がずっと短いせいで、薬の副作用を生じやすいためではないかと考えられています。
しかしながら、長睫毛症は患者の健康にとって害悪になることはほとんどありません。
同大学病院のローラ・パズ(Laura Paz)医師も「通常は治療開始から数カ月以内に発症して、抗がん剤の服用を中止すると自然に消失する」と述べています。
ただし稀に、まつ毛が間違った方向、つまり眼球の方に向かって異常成長するケースがあります。
これは「睫毛乱生症(しょうもうらんせいしょう:Trichiasis)」として知られており、まつ毛が眼球を直接的に傷つけることで痒みや異物感、あるいは眼病や視力障害を引き起こす恐れがあります。
また深刻な場合は失明にいたる恐れもある危険な疾患です。
幸いなことに、今回の男性患者にはその兆候は見られず、まつ毛を処理するための安全なトリミングの指示を受けたのみで、健康への影響はありませんでした。
しかし抗がん剤治療には、私たちが知らない様々な副作用があるようです。
参考文献
Chemo side effect caused man’s eyelash growth to go haywire
https://www.livescience.com/health/medicine-drugs/chemo-side-effect-caused-mans-eyelash-growth-to-go-haywire
Man’s eyelashes grew half an inch and developed dramatic curl after cancer treatment triggered bizarre side effect
https://www.thesun.co.uk/health/27532446/eyelashes-grew-dramatic-curl-cancer-treatment-chemotherapy/
元論文
Trichomegaly Due to Panitumumab
https://jamanetwork.com/journals/jamadermatology/article-abstract/2817889
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。