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そこで研究チームは、うつ病治療の新たなスタンダードとなり得る「エルフ・エルメ療法」を開発しました。
エルフ・エルメ(ELF-ELME)は、日本語で「超低周波-超低磁場環境」を意味する英語の略称を指します。
具体的には、1〜8ヘルツ(Hz)の超低周波で変動するわずか10マイクロテスラ(µT)の超低磁場環境を発生させるヘッドバンドを装着する治療法です。
これは日本の地磁気の4.5分の1であり、かつ国際ガイドラインで定められている一般大衆における暴露基準値の60分の1以下という人体に害のないレベルの磁場となります。
しかし、どうして磁場でうつ症状が完全されるのでしょうか?
うつ病のメカニズムはまだ解明されていませんが、実は近年の研究では、脳内におけるミトコンドリアの機能異常がうつ病と深く関連していることが示されています。
ミトコンドリアとは、細胞内に備わっている器官であり、細胞の活動に必要な「アデノシン三リン酸(アデノシンさんリンさん:ATP)」というエネルギーを産生する場所です。
うつ病患者の脳内ではミトコンドリアの機能異常が見られ、さらにうつ病のモデルマウスのミトコンドリア機能を改善させると、うつ症状が緩和することが実験から確認されていました。
しかし今までのところ、うつ病患者のミトコンドリア機能を改善させる治療方法は確立されていません。
そこでチームが考え出したのが、超低磁場によってミトコンドリアの「マイトファジー」を誘発する方法です。
マイトファジーとは、傷ついたり機能不全に陥ったミトコンドリアを分解して除去する細胞内の働きであり、その後にミトコンドリアを新たに作り出して活性化させる機能があります。
簡潔にいえば、健康なミトコンドリアを復活させる細胞のシステムをエルフ・エルメによって起動させるわけです。
チームは実際のうつ病患者を対象に、エルフ・エルメ療法の効果を検証してみました。
今回の試験では、名古屋大学の精神科に入院している4名のうつ病患者に協力してもらい、頭部にヘッドバンドを装着して、1日2時間、延べ8週間にわたりエルフ・エルメ(1〜8Hz、10μT)の磁場環境に置きました。
治療効果と安全性は、精神科医とAIにより2週間ごとに評価を行っています。
AIによる評価は、合成音声を使った面接質問に患者が声で回答するコンピューター面談で、人間の評価者とは違い、主観を完全に排した評価ができます。
その結果、治療を開始して4週目からうつ症状の有意な改善効果が認められたことがわかりました。
治療開始時から2週ごとの平均改善率は、2週目で31%、4週目で45%、6週目で60%、8週目で68%と右肩上がりに効果が現れていたのです。
AIによるうつ重症度の評価の平均値も、治療開始時の32.8点から8週間後には12.5点にまで改善しています。
さらに重要な点として、患者の身体や認知機能への有害な作用も認められませんでした。
このことからエルフ・エルメ療法は、従来の薬物治療のような副作用の危険性がないだけでなく、通院を必要としない在宅療法が可能であるため、うつ治療を大きく飛躍させる方法になると期待されます。
チームは現在、ヘッドバンド型だけでなく、枕の下に敷けるエルフ・エルメ装置も開発しているとのことです。
また研究者によれば、患者は治療中の超低磁場環境を自覚することもないため、例えば在宅ワークや日常生活の妨げにもならないと話します。
「毎日2時間、自宅でヘッドバンドをつけるだけでうつ病が治る」
そんな日が近いうちにやってくるかもしれません。
参考文献
うつ病に対する超低周波変動・超微弱磁場環境(ELF-ELME)治療による症状改善を解明
https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2024/04/elf-elme.html
元論文
Extremely Low Frequency, Extremely Low Magnetic Environment for depression: An open-label trial
https://doi.org/10.1016/j.ajp.2024.104036
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。