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また他にも怒りを制御する方法はいくつか知られています。
1つは「再評価」という心理スキルで、これは怒りを誘発した出来事や状況に対する解釈を変える方法です。
例えば、満員電車の中で足を踏まれてイラッとした際に「人ごみに押されて偶然に踏んでしまっただけだろう」と見方を変えます。
もう1つは「自己距離化」という心理スキルで、これは怒りを感じている自分を第三者の目線で捉える方法です。
例えば、足を踏まれてイラッとしている自分を「彼・彼女は足を踏まれた」と三人称の視点でイメージすることで、怒りの感情から離れられるというもの。
しかし、いずれの方法も冷静沈着なメンタリティーが必要であり、起こっている最中に実践するのは難しく、ハードルが高いものです。
そこで研究チームはもっと簡単に誰でも実践できる方法を発案しました。
それが怒りを紙に書き出してゴミ箱にポイっと捨てる方法でした。
チームはこの方法について、愛知県にある清洲山王宮の日吉神社で行われている「はきだし皿」にインスパイアされたと話します。
はきだし皿は、心の内にある捨てたい思いをお皿に念じて封じ込め、それを境内で割ることで、その気持ちを捨て去ることができるという慣習です。
チームはこれを「紙とペン」に置き換えて、名古屋大学に通う57名の学生(男性41名・女性16名・平均年齢21歳)を対象にその効果を検証しました。
実験ではまず、学生たちの安静時の「怒り得点」を測定します。
ここでは怒りを表す5つの形容詞「怒った」「敵対心のある」「ムカムカした」「煩わしい」「いらだった」の項目に対し、今の状態を6段階(1:全く当てはまらない〜6:非常によく当てはまる)で評価し、その平均点から安静時の怒り得点を算出しました。
また、怒りのことを聞いているとバレないように「明るい」「おおらかな」「陽気な」の3項目も混ぜています。
次に学生たちには「公共の場でタバコを吸うのはありか」といった社会問題に関するエッセイを書いてもらいました。
それを先輩にあたる博士課程の大学院生が「知性」「親しみやすさ」「合理性」を含む6項目を9段階の点数で評価。
しかし、ここで評価者はエッセイの出来不出来にかかわらず、2〜4点の低いスコアをつけました。
それだけでなく、具体的な評価として「教育を受けた人がこんな書き方しかできないのでしょうか。とても大学生が書いた文章とは思えません。この人には大学でしっかり勉強してほしいです」と辛辣なコメントを付します。
つまり、この評価は学生たちをイラッとさせるためのヤラセなのです。
実際にその後に怒り得点を測定すると、どの学生も怒りの感情が大幅に高まっていました。
怒りの下準備は整ったので、ここからが本番です。
続いて学生たちには先輩からの評価とコメントを読んだ後に、どう感じ、なぜそう思ったかをなるべく客観視して紙に書いてもらいました。
そして学生の半数には紙を裏返して机に置いてもらい、もう半数には紙を丸めてゴミ箱にポイッと投げ捨ててもらいます。
その結果、紙を裏返して置いたグループに比べて、ゴミ箱に捨てたグループでは、怒り得点が安静時の状態まで大幅に下がっていたのです。
さらに別の方法として、紙を透明の箱に入れて保持する条件とシュレッダーにかけて裁断する条件も試しました。
すると、シュレッダーで裁断した条件で同じように怒り得点が安静時のレベルまで低下していたのです。
研究主任の川合 伸幸 (かわい・のぶゆき)氏は「怒りをある程度抑えられることが期待していましたが、怒りがほぼ完全に解消されていたことには驚きました」と話します。
このアプローチにより、例えば職場で怒りを感じたときにメモを取るようにして怒りを書き出し、後でくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に捨てることで気持ちをリセットするのに役立つと期待できます。
川合氏は「思いを重ねたものが壊れることで、その思いも消えていくのでしょう」と指摘しました。
家庭や職場でモメごとを起こさないためにも、この方法を活用してみるといいかもしれません。
チームは今後、同じ方法がスマホやパソコン、タブレット上の電子データでも応用可能かどうかを検証する予定です。
参考文献
【名古屋大学】紙とともに去りぬ ~怒りを「書いて捨てる」と気持ちが鎮まることを実証~
https://www.u-presscenter.jp/article/post-53159.html
Write it down, then throw it away: Research confirms a simple method for reducing anger
https://medicalxpress.com/news/2024-04-simple-method-anger.html
元論文
Anger is eliminated with the disposal of a paper written because of provocation
https://doi.org/10.1038/s41598-024-57916-z
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。