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だからこそ、嵐などで生じる強力な波が、自然環境や沿岸地域に住む人々にとって脅威となることもよく分かります。
こうした波の影響を低減させる技術は、長く研究されていて、消波ブロックが有名ですが、実は自然の「サンゴ礁」もそのような波の脅威から沿岸地域を保護するのに役立っていることがわかってきています。
そこでアメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)機械工学部に所属するマイケル・S・トリアンタフィロウ氏ら研究チームは、サンゴ礁のような働きをする「人工礁」を開発しました。
彼らによると、この人工礁は波エネルギーの95%を散逸させる可能性があるといいます。
研究の詳細は、2024年3月26日付の科学誌『PNAS Nexus』に掲載されました。
目次
温暖化が原因で、嵐はますます激化しています。
例えば2023年には、強力な嵐がカリフォルニアを襲い、インフラが損害を被り、多くの人々が海岸からの非難を余儀なくされました。
そこでこうした波の破壊的な影響を軽減する方法として導入されているのが、防波堤や消波ブロックです。
しかし、これらの設置には多大なコストがかかり、防波堤は景観に与える影響を問題視されるケースもよくあります。
またこれらの技術は、体積あたりの波の散逸(分散によりエネルギーが失われる)率が低いという点も問題です。
そこでトリアンタフィロウ氏ら研究チームが着目したのがサンゴ礁です。
世界中の約7万1000kmの海岸線に沿って存在するサンゴ礁は、波エネルギーの最大97%を低減させる「天然の防波堤」として機能することで知られています。
2004年のスマトラ島沖地震で生じた「インド洋大津波」においても、「サンゴ礁が津波の被害を防ぐのに役立っていた」ことが確認されています。
津波の脅威的な破壊力を完全に防ぐことは困難だとしても、その威力を減衰させられる可能性は十分にあるのです。
またサンゴ礁は、様々な生物の住処や産卵場所を提供し、海洋生態系の中でも重要な役割を担っています。
しかし、これら環境に優しい「天然の防波堤」は、気候変動の影響で衰退しており、世界中の沿岸地域が浸食や洪水に対して脆弱になっています。
そこで今回の研究チームは、より少ない材料で波エネルギーを効率的に散逸させ、同時に海岸沿いに生息する魚たちの避難場所となるような「人工のサンゴ礁」を設計できないか考えたのです。
天然のサンゴ礁は熱帯海域にしか存在しませんが、それらを模倣した人工礁であれば、すべての海域でサンゴ礁の恩恵をもたらすことができるはずです。
研究チームが開発した人工礁は、独特な形状の5つの柱で構成されます。
中心の大きな柱と周囲にある4つの小さな柱が1セットになっており、このセットが海岸線から約800m離れた海底に並ぶことで、サンゴ礁のようなエネルギー散逸効果をもたらすというのです。
チームは、波が人工礁に衝突した時にどのように変化するか何度もシミュレーションし、最終的に、最適化されたこの形状にたどり着いたようです。
この5つの柱は、それぞれが離れており、波が入ってくると、水がその隙間を流れていきます。
結果として、入ってくる波エネルギーは分散し、波によって引き起こされた流れの一部が前方に衝突するのではなく、螺旋状に横に流れていきます。
そして研究チームは、幅30cm、高さ120cmの実験室サイズの人工礁(プラスチック製)を3Dプリントし、水槽の中で実験しました。
その結果、入ってくる波のエネルギーの95%以上を散逸させる可能性があると分かりました。
トリアンタフィロウ氏は、新しく設計された人工礁について、次のように述べています。
「もし、人工礁に向かって高さ6mの波が押し寄せてきたとしても、反対側では最終的に1m以下になります。
つまり、これによって波の影響が抑えられ、浸食や洪水を防ぐことができるのです」
また彼らは、この新しい設計により、既存の人工礁と同程度の波エネルギー削減効果を、10分の1の材料で達成できると計算しています。
さらにこの人工礁は、「積み重ねられた卵パック」のような隙間のあるボクセル構造にする予定であり、将来的には、大きな人工礁の内部を海洋生物が移動したり、住み着いたりできるかもしれません。
この構造について、研究チームは、「このボクセル構造は、魚が内部を移動できるようにしながらも、大きな抵抗を維持できます」と述べています。
海岸を波から守るだけでなく、環境にも優しいため、天然のサンゴ礁のような働きが期待できるというわけですね。
しかも天然のサンゴ礁と違って海域が限定されず、どこでも設置できるというメリットもあります。
今後研究チームは、マサチューセッツ州の海岸沿いの町と協力し、人工礁の試験を行いたいと考えています。
トリアンタフィロウ氏は、次のように述べています。
「これらの試験用人工礁は小さくなく、安くもありません。
長さは約1マイル(1.6km)、高さは5mであり、1マイルあたり600万ドル(約9億1000万円)ほどの費用が掛かります。
しかし、これによって嵐による数十億ドルの被害を防ぐことができます」
もちろん現段階では、開発された人工礁が、実際にどれほどの効果を発揮するかは分かりません。
それでも、こうした取り組みによって、津波の被害が少しでも無くなることを願うばかりです。
参考文献
Artificial reef designed by MIT engineers could protect marine life, reduce storm damage
https://news.mit.edu/2024/artificial-reef-designed-mit-engineers-protect-marine-life-reduce-storm-damage-0326
元論文
Architected materials for artificial reefs to increase storm energy dissipation
https://doi.org/10.1093/pnasnexus/pgae101
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。