- 週間ランキング
アファンタジアは2015年に、英エクセター大学(University of Exeter)の神経学者であるアダム・ゼマン(Adam Zeman)氏によって考案された言葉です。
1880年には最初の報告例があったとされていますが、最近まで正式な研究はほとんど行われていませんでした。
アファンタジアは目の前にいない人や物、風景などをイメージとして頭の中に視覚化できない状態を指します。
例えば、ほとんどの人は家族の顔や友人と行った旅行先の景色を思い出して、頭の中に思い描くことができるでしょう。
しかしアファンタジアでは、家族や友人と行った旅行の記憶はあるものの、その具体的なイメージを視覚的に再現することができません。
イングランド南西部グロスタシャーに住むメアリー・ワーゼン(Mary Wathen)さんは実際にアファンタジアの持ち主の1人です。
彼女は、他の人たちが目の前にない物のイメージを頭の中で作り出せることが信じられないといいます。
「そのイメージがどこにあって、どのように見えているのか、私にはその真意が理解できませんし、私にとって目に見ることができないものは、どこにも存在しないものなのです」と話します。
メアリーさんは結婚式のような人生のビッグイベントでも、その情景を思い描くことはないといいます。
また2人の幼い息子の顔でさえ、一緒にいない限りは想像すらできません。
それから小説なども場面ごとの情景を思い浮かべることができないので、読むのに苦労するという。
そうした状態についてメアリーさんは「私にはすべての記憶が保持されていますが、他の人とはまったく違う形で思い出しています。
いわば、記憶のハードウェアは正常に動作しているものの、モニターの電源が入っていないようなものです」と説明します。
ただ、アファンタジアにも生活する上で利点があるようです。
というのもアファンタジアはイメージの回想や空想ができないので、過去や未来にこだわることが少なく、現在の今この瞬間に集中する力が強くなります。
また、自分が失敗したり事故を起こすようなマイナスイメージも浮かばないので、これから挑戦することに対して不安や恐怖、ストレスを感じにくいのです。
メアリーさんは「私は目の前にある現実だけを見ていて、1分前に何を見たか、1時間後に何を見るかは関係ありません」と話します。
しかし世の中には、これと対極の位置にある性質も存在します。
それが「ハイパーファンタジア」と呼ばれる人たちで、彼らは逆に鮮明に物ごとがイメージできすぎてしまい、現実と想像が区別できなくなるというのです。
アファンタジアとは対照的に、ハイパーファンタジアは目の前にないイメージを頭の中で極めて鮮明かつ緻密に視覚化できる状態を指します。
この名称も同じく、エクセター大学のアダム・ゼマン氏が命名したものです。
ハイパーファンタジアは、単に「視覚的な想像力に優れている」というのとは一線を画します。
専門家らは、ハイパーファンタジアについて「非常に鮮明な夢を見たときのように、それが現実か想像されたものなのか区別がつかなくなる場合がある」と評します。
例えば、ある一つの風景を空想するとき、「大きな山があってその前を川が流れている」といったぼんやりしたレベルではなく、その風景の中に生えている草木の一本一本や空を飛んでいる鳥の羽毛まで鮮明に見えているというのです。
オランダ出身でロンドン在住のジェラルディン・ファン・ヘムストラ(Geraldine van Heemstra)さんは、ハイパーファンタジアの持ち主として有名な画家です。
彼女は幼少期から他の人とは異なる「途方もない想像力(enormous imagination)」を持っていて、頭の中で一つの村全体を作り上げていたといいます。
また、アルファベットや数字のそれぞれに色が見えており、学校の算数のテストで、隣り合わせに並んだ数字の色の組み合わせが間違っているように見えたので、勝手に数字の答えの並びを変えてしまっていたそうです。
今でも音楽家の演奏やダンサーのパフォーマンスを見ていると、そのリズムや体の動きに合わせて、特定の色が見えるといいます。
彼女の作品はこちらから閲覧できます。
ジェラルディンさんによれば、頭の中で視覚化された風景の中を自由に歩き回ることもできれば、その風景の中の色んな場所に立って、違う角度から景色を眺め渡すことも可能だという。
自宅で何かをする計画を立てているときでさえ、その未来の場所の中に飛ばされたような気分になるとのこと。
これは先ほどのアファンタジアとは正反対の現象です。
ハイパーファンタジアの持ち主は、ジェラルディンさんのように芸術的に優れた能力を発揮することが多いですが、反対に何もかもが鮮明に可視化されてしまうので、現在の今この瞬間に集中できず、注意散漫になりやすいといわれています。
それから過剰な視覚化から脳への負担も大きく、ジェラルディンさんも時々、脳の過度な働きから眠れなくなる日もあると話します。
このように、イメージが視覚化できない「アファンタジア」や、イメージが鮮明に見えすぎてしまう「ハイパーファンタジア」には共にメリットもあればデメリットもあります。
しかし、いずれも認知機能の異常を原因とするような疾患ではなく、「イメージの視覚化」において人間の幅の広さがあることを物語る不思議な脳の現象なのです。
参考文献
Aphantasia: Why I cannot picture my children in my mind
https://www.bbc.com/news/health-68675976
Hyperphantasia: The Truth About Photorealistic Imagination
https://memoryos.com/article/hyperphantasia-revealing-the-truth-about-photorealistic-imagination
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。