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特にクリンゴン語やエルフのクウェンヤ語などは極めて完成度が高く、国際標準化機構によってどちらも「ISO 639」の番号が与えられ、実在の言語並みの扱いを受けています。
そのためコアなファン同士の間ではクリンゴン語やクウェンヤ語で会話することも可能となっています。
(※Netflixで公開されている一部の作品では字幕部分にクリンゴン語を選択することができます)
人工言語を魅力的にみせている要因の1つとして、設計段階で作者たちが「印象操作」を行っている点が挙げられます。
たとえば「ロード・オブ・ザ・リング」に登場するオークたちは作者によって「醜く邪悪な敵」として設定されており、オーク語も作者の設定を補強するような響きになるように作られました。
同様にスタートレックのクリンゴン語も荒々しい戦闘民族としての異星人の設定を補強するために、発音や演出に工夫が凝らされています。
しかしそうなると「なぜ特定の言語が心地よく、あるいは不快に聞こえるか?」という疑問が浮かびます。
言語音声に対する印象は純粋に音響的なものなのか、それとも話し手のイメージや映画の演出に影響されるのなのでしょうか?
これまでにも日本語や英語、中国語など自然言語に対する印象にかんする研究は行われてきました。
しかし自然言語は文化や歴史との関連付けが強く(つまり先入観が強く)、純粋な音の感想を得るのは困難でした。
特にいがみ合っている国同士の言語や、反対に義務教育に導入されるほど馴染み深い言語について、客観的に判断するのは不可能と言えます。
また倫理的にも、特定の自然言語に対して「善悪」のレベルでアンケートを行うことも抵抗があります
(※たとえば「日本語の善悪を判断してください」など)
そこで今回、フンボルト大学の研究者たちは人工言語を対象に、人々が言語音声の何に反応して美しさや邪悪さを判断しているかを調べることにしました。
エルフ語やクリンゴン語がいかに人工言語界の大物であっても、知っている人は少数であり、多くの人にとって「先入観なしに初めて聞く言語」となります。
また日本語や英語、中国語などの自然言語では抵抗があった「言語音声を善悪のレベルで評価する」という離れ業も可能になります。
人間は何を基準に言語音声の良し悪しを決めているのか?
答えを得るため研究者たちは作り込みが進んでいる12の人工言語を129人のドイツ語話者に実際に聞いてもらい「心地よさ」「善悪」「平和的か攻撃的か」という3つの尺度で評価してもらいました。
上の表は実験に使われた人工言語を、作者の目指した印象操作と共にまとめたものとなります。
たとえば①のオーク語(ロード・オブ・ザ・リング)は先に述べた通り、醜く邪悪なオークたちの話す言語として設計されました。
過去の研究では、オーク語はオークの外見(牙のある口元)に一致するように設計したと述べており「恐ろしく、力強く、石のように硬い」印象を受けやすくなっていると報告されています。
同様に④のドワーフ語(ロード・オブ・ザ・リング)や⑥のクリンゴン語(スタートレック)、⑨のドスラク語(ゲーム・オブ・スローンズ)もネガティブな印象を与えるように設計されています。
逆に②と③のエルフ語(ロード・オブ・ザ・リング)は、美しく優雅に聞こえるように設計されています。
制作者自身もエルフのクエンヤ語を「詩的でありながら著しく形式的な性質」を持つようにデザインしたと述べています。
また印象操作の部分に「‐」と記入されている⑦のバルカン語(スタートレック)や⑩のナヴィ語(アバター)は、目立った印象操作が行われていない言語であることを示しています。
(※⑫のウイイド語は言語学を学んでいる学生が趣味で作成した人工言語であり、一般には全く知られていません)
実験にあたって話者は男性と女性の両方が用意され、音声は感情を抑えてニュートラルなトーンで話すように訓練されました。
また音声を聞いてもらうにあたり、被験者の人工言語にかんする事前知識が調査され、事前に知っている人工言語については結果に反映されないようにしました。
これは結果に先入観が入る余地を徹底的に排除するためです。
上のグラフでは「心地よさ」「善良さ」「平和さ」の3つの平均点を高得点順に並べたものになります。
「心地よさ」「善良さ」「平和さ」はそれぞれ高い相関関係にあり、3つをまとめて扱うことは統計的みてあまり問題が無かったからです。
結果、ポジティブな印象操作を目指したエルフ語(ロード・オブ・ザ・リング)は、初めて耳にする被験者たちにも好意的に受け止められていることが判明します。
またクリンゴン語は製作者の意図通り、最もネガティブな印象を与えることに成功しました。
しかし同じネガティブな印象を与えるために作られたはずのオーク語やフズドゥル語では、それほど悪くない評価となっていたことが判明します。
研究者たちも、演出なしに感情的にニュートラルなオーク語を聞いた場合、思ったよりも穏やかに聞こえたと述べています。
さらに特に良い悪いの意図を持たずに作成されたバルカン語やケッシュ語はエルフ語に次ぐ位置にランクインしました。
制作者の意図以外に、いったいどんな要素がランキングに影響を与えていたのでしょうか?
人工言語の印象は何によって変わるのか?
謎を解明すべく研究者たちは各言語を音声学的に分析することにしました。
すると、声帯を振るわせる「b」「d」「g」のような有声子音の割合が高いほど、より肯定的に評価されていることが判明します。
たとえば「b(ブ)」と対応する「p(プ)」を比較した場合、「b(ブ)」では喉が震えるのに対して「p(プ)」では喉が震えず唇から空気が発射されるような感じになります。
(※有声子音「b」「d」「g」にはそれぞれ無声子音「p」「t」「k」が対応しています)
研究者たちは、ネガティブな印象を与えるために作られたオーク語では有声子音多くなっており、予想に反して比較的肯定的に受け入れられた原因になっていると述べています。
そのため映画中でオーク語が恐ろしく邪悪に感じるのは、主に効果音や外見など演出の影響のせいであると結論しています。
また評価に影響を与える第2の要因として、被験者たちの母国語が関連していました。
今回の研究で被験者たちは主にドイツ語話者でしたが、ドイツ語に存在しない音の割合が少ないほど(つまり音が似ているほど)好意的に評価されていたのです。
これまで行われた自然言語を対象にした研究でも、音声要素への馴染み深さが、他者性や奇妙さの認識に関与しており、馴染み深い音が多い音声ほど美しく聞こえていることが示されています。
さらに第3の要因として、ソノリティー(聞き取りやすさ)が高い音が多いほど、好意的にみられていることが判明します。
人間の音声では一般に、口を大きく開ける「a」などの広母音(ひろぼいん)が聞き取りやすい一方で、「p」「t」「k」のような声帯が震えない無声子音が聞き取りにくくなっています。
そして第4の要因として、音節のタイミングにリズムを持つ言語も好まれていることもわかりました。
これらの結果から、もし日本人の視聴者向けにポジティブな印象を持つエルフ語を作りたいとしたら、日本語をベースにして日本語にない発音や、声帯が震えない無声子音を可能な限り排除し、逆に口を大きく開ける音声を多く組み込み、音節にリズムを加えることが大切になるでしょう。
(※実際、最も好感度が高かったエルフのクエンヤ語では広母音の多用、複雑な子音の回避、リズム感を重視するための子音の省略、共鳴音の多用、全体的な母音と子音の均等な分布のような特徴がみられました)
また研究は演出の重要性も示されていることから、映像化する場合にはBGMや効果音、背景景色などにも注意を払ったほうがいいでしょう。
研究者たちは今後、研究結果を現実の自然言語などに適応して、同じような結果が得られるかを調査していくとのこと。
多くの作品で取り入れられているように、人工言語はSFやファンタジー作品の制作において雰囲気を作る重要な要因です。これは言語に関する研究であると同時に、クオリティの高い作品を生み出したい制作者にとっても有意義な研究かもしれません。
参考文献
From Star Trek’s Klingon to Tolkien’s Orkish: Unraveling the auditory aesthetics of constructed languages
https://www.psypost.org/from-star-treks-klingon-to-tolkiens-orkish-unraveling-the-auditory-aesthetics-of-constructed-languages/
元論文
Does Orkish Sound Evil? Perception of Fantasy Languages and Their Phonetic and Phonological Characteristics
https://doi.org/10.1177/00238309231202944
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。