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これまでの研究では、中年太りの原因として代謝の低下が指摘されていました。
確かに若者と異なり、中年は成長も緩やかになっていき、筋肉量も低下していく傾向があります。そのため代謝が減るから太りやすくなるというのはわかりやすい説明です。
しかし、その点を考慮したとしても、中年以降の身体は極端に太りやすい印象があります。
中年以降でもきちんと運動をしていたり、昔のように大盛りは頼まなくなったという人でも、なんかお腹がぽっこりして脂肪が溜まってしまうということがあるでしょう。
これは筋肉量の低下などの単純な理屈だけでなく、加齢によって全身の代謝が低下しているためですが、これまでなぜ加齢で代謝の低下が起きるのかという具体的な身体の仕組みについては分かっていなかったのです。
生物の代謝や摂食は脳からの司令によって調整されています。
そこで今回の研究チームは、代謝や摂食を調節することで知られる脳のニューロン(神経細胞)を詳しく調査することにしました。
まずそもそも身体には、抗肥満作用というものがあり、体に脂肪が溜まっていくと脳の視床下部のニューロンに「太ってきてるぞ」という司令を出す「メラノコルチン4型受容体」(以下、MC4Rと表記)というタンパク質が存在します。
これによって脳は、体全体の代謝を促したり、食べる量を減らす指令を出すのです。
では、この部分の具体的なプロセスを簡単に見てみましょう。
まず体内に脂肪が蓄積すると白色脂肪細胞から「レプチン」というホルモンが分泌されます。(下図①)
これが脳の視床下部に作用すると、飽食シグナル分子である「メラノコルチン」が分泌され、その情報を視床下部のニューロンに存在するMC4Rが受け取ります。(上図②)
するとMC4Rが脳の神経回路に働きかけて、体全体の代謝を促進したり、熱産生量を増やして脂肪燃焼を促すなどの抗肥満作用を示すのです。(上図③)
これまでの研究では、MC4Rを欠損させたマウスは著しい肥満になることがわかっています。このことからもMC4Rは抗肥満メカニズムにおいて重要な役割を担っていることが伺えます。
そのため中年太りは、このMC4Rの働きが加齢伴って何らかの以上を起こしている可能性があると推測できます。
そこで研究チームは、ラットを使って加齢でMC4Rに何が起きるのかを調べてみました。
チームは今回、MC4Rタンパク質を可視化できる抗体を作り出し、それを用いてMC4Rタンパク質が脳のどこで作用しているかラットを使って調べてみました。
すると、MC4Rは視床下部のニューロンの「一次繊毛」というアンテナ状の構造体に集まっていることが判明します。
そこで、この一次繊毛の部分に注目して加齢による変化を観察してみると、ラットは加齢にともなってMC4Rの集まる一次繊毛がどんどん短くなっていくことがわかったのです。
その意味を理解するため、チームは実験として、若いラットの一次繊毛を遺伝子改変によって強制的に短くしてみました。
すると一次繊毛が短くなってしまったラットは、飽食シグナル分子である「メラノコルチン」への感度が低下し、代謝量と脂肪燃焼の量が大幅に減少したのです。
さらに食べる餌の量も増えてしまい、結果として体重と体脂肪率が増加してしまいました。
そこで今度は加齢による一次繊毛の退縮を遺伝子改変で抑えてみると、年のいったラットでも体重増加が抑制されたのです。
またこれと共に、ラットを様々な栄養条件下で飼育してみたところ、高脂肪食で飼育したラットも一次繊毛がどんどん短くなっていくことがわかりました。
反対に、食事量を制限したラットでは一次繊毛の退縮が抑えられていました。
この2つの結果からは、MC4Rによって「太ってるぞ」という司令を受け取るアンテナ(一次繊毛)は、ずっとMC4Rの司令を受け続けると摩耗するように短くなってしまうと考えることができます。
高脂肪食を与えられたラットは、頻繁にMC4Rの司令を受け取るため一次繊毛がすぐに短くなってしまいました。また高齢のラットも長い時間を経る中で何度もMC4Rの司令を受け続けることで一次繊毛が短くなっていきました。
これによって、体は自分が太っているという状態を認識しづらくなり、身体のエネルギー消費を増加させて脂肪を燃焼させる作用や、食べる量を抑える命令が働かなくなってしまうのです。
この結果は、中年太りの原因を明らかにするとともに、肥満患者に見られるレプチン抵抗性の理由も説明しているといいます。
レプチンとは先程も説明した通り、白色脂肪細胞から分泌されるホルモンで、これが最終的にMC4Rに作用して抗肥満作用を生みます。
このため発見当初は、レプチンが肥満治療薬になると期待されていたのですが、なぜか肥満患者はレプチンを投与しても食べる量が減らないという「レプチン抵抗性」を示し、有効に機能しなかったのです。
この理由は長らく不明でしたが、今回の結果は、これが頻繁に太り過ぎの信号が送られることでアンテナが短くなってしまうことに原因があったと示してくれているのです。
ここまでの結果を整理して見てみましょう。
・年を取ると「太ってきてるぞ」という体の信号を受け取るアンテナ(一次繊毛)が短くなってしまい、肥満状態に対する脳の感度が鈍くなる
・これにより体のエネルギー消費量が低下すると共に、食べる量を減らそうという命令も届かなくなる
つまり代謝が落ちているのに、食べる量を減らす司令も正常に出ないという負のスパイラルが中年太りの原因だったのです。
さらに、食べ過ぎで肥満傾向の人は、加齢にプラスして一次繊毛の退縮スピードを加速させるため、中年以降はさらに肥満の負のスパイラルを強化してしまいます。
これらはすべてラットで得られた結果ではありますが、研究者らはヒトの脳内でも同じようなメカニズムが働いて、中年太りを引き起こしている可能性が高いと見ています。
ただ、摂食カロリー量を抑えることで一次繊毛はある程度回復したそうなので、研究者は「カロリーを摂取しすぎない食生活を続ければ、一次繊毛が短くなるのを抑えて、中年になっても太りにくい体質が維持できるかもしれない」と述べました。
身体が代謝しづらくなる上に、食べすぎていることにも気づかなくなるとは、多くの人が中年太りを回避するのが難しい理由にも納得ですね。
参考文献
中年太りの仕組みを解明 ~肥満による生活習慣病の画期的な予防・治療法へ大きな 1 歩~
https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2024/03/-1-5.html
元論文
Age-related ciliopathy: Obesogenic shortening of melanocortin-4 receptor-bearing neuronal primary cilia
https://doi.org/10.1016/j.cmet.2024.02.010
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。