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「生きている化石」という用語を生み出したのは、進化論の産みの親として知られるチャールズ・ダーウィンであると言われています。
ダーウィンは進化の研究を行う中で、一部の「生きている」種は遥か昔の地層から発見される化石と変わらぬ形をしていることに気付いたからです。
時間が経過するにつれて適応と進化が起こるとする進化論において「生きている化石」は、ある意味で例外的な存在となりました。
それゆえに生きている化石たちの知名度は高く、多くの人々にとって、カブトガニやイチョウの木、シーラカンスやムカシトカゲなどの名は馴染み深いものとなっています。
しかし生きている化石たちが本当に進化していないのかは、はっきり断言できません。
というのも、姿かたちは同じでも、DNAレベルでは「ちゃんと進化」しており、外見(化石ベースの分析)からではわからない、新しい能力を獲得している可能性があるからです。
もし化石からDNAを採取できれば、この疑いを簡単に解くことができるでしょう。
ですが残念なことにDNAの半減期は521年であり、計算上680万年で完全に分解されてしまうので、非常に古くから存在する種については化石からDNAの変化を検証することができません。
そこで今回、イェール大学の研究者たちは、生きている化石と他の種のDNAの変異速度を比較することにしました。
調査にあたっては478種にわたって1100カ所の遺伝子(コード領域であるエクソン部位)を収集し、進化系統樹に照らしてDNAの変異速度を調べました。
一般に、系統樹の近い枝ではDNAの違いは少なく、共通祖先(分岐点)から遠くなるにつれて、違いも多くなっていきます。
(※たとえば人間とチンパンジーにくらべて、人間とネズミの間のほうが、DNAの違いが大きくなります。)
もしDNAの変化速度が極めて遅い存在がいた場合、分岐点が遥か昔でもDNAにほとんど違いがないはずです。
(※たとえばトラとネコのDNAを調べれば、ネコ科全体のおおよそのDNA変異速度を推測することが可能になります。トラとネコは日本ではよく対比されるため近いと思われがちですが、ネコ科の中では最も遠いグループに属します)
結果、確かに生きている化石と呼ばれるほとんどの種でも、DNAレベルでの進化が起きていたことが判明します。
たとえばシーラカンスやゾウザメ、そして始祖鳥のように羽部分に爪を持つことが知られているツメバケイと呼ばれる鳥たちでは100万年あたり約0.0005個の変異が起きていることが示されました。
ただ一般的な両生類の変異速度が100万年あたり0.007個、あるいは一般的な哺乳類が100万年あたり0.02個であるため、これらと比較するとその進化速度は極めて遅いと言えます。
しかし遅いと言ってもこのDNAの変異速度は、研究者たちの予測よりも大幅に早いものでした。
生きている化石たちの多くは、先祖と姿かたちが同じでも、DNAレベルでの進化は起きていたのです。
しかし今回の研究で最も重要なのは「例外」となる存在が発見された点にあります。
生きている化石と呼ばれる例外たちの中にあって、さらに極めつけの例外、すなわちDNAレベルでも進化していない種が確認できたのです。
淡水魚ガーパイク(通称:ガー)は恐竜たちが地球上を歩いていた1億年以上前から外見が変化しておらず、古代魚の1種とされています。
古代魚としては3億6000万年前の化石と一致する外見を持つシーラカンスのほうが有名でしょう。
しかしガーたちのDNAの変異速度を調べたところ、100万年あたりわずか0.00009個であることが判明。
この数値は脊椎動物の平均的な変異速度と比べて数百~千倍ほど遅いことを示しています。
また2000万年前に分岐した2つの属を比較したところ、分析されたほぼ全ての遺伝子が完璧に同じ配列を持っていることがわかりました。
さらにテキサス州に生息するガーたちを調査したところ、1億500万年前に分岐した2種のガーたちの間に「生殖能力を持つ雑種」が自然交配によって生まれていることが判明しました。
上の図は霊長類が枝分かれした過程を示していますが、図で最も遠い人間とメガネザルなどの原猿たちでさえ、分岐が起こったのは5300~6300万年前です。
人間はメガネザルどころか、ずっと近縁の600万年前に分岐したチンパンジーとも自然交配で子供を絶対に作れないことを考えると、1億500万年前に分岐したもの同士でそれが可能な、ガーの凄さがわかります。
逆を言えば、1億500万年の時を経ても2種のガーたちの間には、人類で言えば人種程度の違いしかうまれていなかったわけです。
これまでの研究で、異なる2種間で自然交配で生殖可能な子孫を作れる最も古い例は、シダ植物であると考えられていましたが、今回の結果はそれを6000万年も上回ることになります。
この結果は、ガーたちがDNAレベルでもほとんど変化がない、ある意味で「真の生きている化石」と呼べる存在であることを示しています。
これまで生きている化石についてさまざまな研究が行われてきましたが、外見ではなく生物学的な側面で「生きている化石」に到達する方法が示されたのは、今回が最初になります。
しかしなぜガーたちの遺伝子は、時間が経過してもほとんど変化しないのでしょうか?
なぜガーたちのDNA変異速度は遅いのか?
研究者たちが分析を行ったところ、調査されたガーたちで、ほぼ一貫して変異速度が低くなっていることが判明します。
つまりガーの変異速度の遅さは、環境などの外部的な要因ではなく、ガーたち自身が備えている内部的要因によるものとなります。
研究者たちはこの内部要因の正体が「DNA修復速度の高さ」にあると述べています。
生命には、DNAを変異させる力に抵抗してDNAを修復しようとする力が備わっていますが、ガーたちはこのバランスが修復側に大きく傾いていたのです。
(※近年の研究では、ゾウやクジラなど細胞が多い大きな動物たちが、がんになりにくいのは、高いDNA修復能力のお陰であることが示されています)
また生命のDNAには、DNA内を飛び回ってシャッフルする「ジャンプ遺伝子」が存在しており、変異の原因の1つとなっています。
しかしガーたちのDNAでは、このジャンプ遺伝子の働きも弱められており、変異が抑えられていることが示されました。
研究者たち次の実験ステップとして、ガーたちのDNA修復にかかわる遺伝子をマウスなどに組み込むことで、マウスのDNA修復効率を上げる実験を計画しています。
研究者たちは、ガーの持つ優れたDNA修復能力を医療に応用することができれば、人間にとって有益な薬を作れるだろうと述べています。
というのも、がんや老化の原因はDNAが変異することにあるからです。
もし何らかの方法で、DNAの変異を完全に抑えることができるのならば、理論上、がんも老化も起こらなくなるはずです。
(※ここで言う完全とは進化スケールにおいて、100万年あたり0個の変異という意味に加えて、個体の一生におけるDNA変異率を0%にすることを意味します。)
ただその場合、人類の進化は終焉を迎えることになるでしょう。
DNAが一切変化しない種では進化も起こらず、環境変化にも脆弱になります。
もし変化を拒絶しつつ運よく絶滅を免れることができれば、人類もいつの日か「生きている化石」になれるかもしれません。
参考文献
Study of slowly evolving ‘living fossils’ reveals key genetic insights
https://news.yale.edu/2024/03/04/study-slowly-evolving-living-fossils-reveals-key-genetic-insights
元論文
The genomic signatures of evolutionary stasis
https://doi.org/10.1093/evolut/qpae028
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。